「また敬語だ」

「あ」

「いい加減婚約者らしく話せよ」

「でも龍峯では敬語じゃないと不自然です。社長にも従業員として扱うから呼び方に気を付けるようにとも言われています」

「なら2人きりのときは敬語はやめろ」

「はい……」

どうしても敬語になってしまう。聡次郎さんは年上だろうし雇い主だ。職場では敬語で2人のときは恋人の雰囲気を出せなんてハードルが高すぎる。

「今日は何時までだっけ?」

「5時まで」

「昼飯はどうすんの?」

「会議室で食べるかな」

龍峯は食堂がないので会議室と名前がついているけれど社員が休憩に使っているのだという。

「ふーん。たぶん昼近くまで会議だから、役員もそのまま飯に会議室使うよ」

「そうですか……」

どうか私の休憩時間に被りませんようにと願った。今日はお弁当を持ってきているのだ。会議室に人が多いと居心地が悪いから外に食べに行かなくてはいけなくなる。

信号の向こうに龍峯のビルが見えてきた。

「この辺で下ろして」

「は? もうすぐで着くだろうが」

「私と聡次郎さんが一緒にいるところを龍峯の社員に見られたらだめです」

「何でだよ。婚約者なのに」

「奥様から聡次郎さんの婚約者ということは伏せるように言われているから」

「母さんの言うこと全部を聞かなくていいんだ」

「でも私もその方が働きやすいです」