「雇用契約書に不備があったので社長がお呼びなんです」

月島さんは花山さんにそう言った。

「そうですかー。ではお疲れ様ですー」

「お疲れ様です……」

私は気持ち悪いほど態度の違う花山さんを事務所に残し、月島さんの後に続いて事務所を出た。

「本当は雇用契約書の不備ではありません」

エレベーターの中で月島さんはそう言った。

「え、そうなんですか?」

「我々の契約書を更新したので、そっちには目を通していただきたいですが」

「ああ……」

ということは偽装婚約の契約書のことだろう。

月島さんに連れてこられたのは会議室だった。中に入ると中央に置かれた大きなテーブルの端に聡次郎さんが座っていた。

「お疲れ様です……」

「お疲れ」

襟元を緩めた聡次郎さんは疲れた顔をしている。

「初日はどうよ?」

「えっと……自信がないです……」

龍峯茶園で働く自信がない。そういうつもりで言った。

「何それ、どういうこと?」

「お茶のことなんて何もわからないし、包みも難しいし、商品も多すぎです」

お茶の製造工程も少しは学んでほしいと川田さんに言われた。お客様の中には聞いてくる人もいるようだし、新茶の時期といわれる期間は大量の新茶を包むと言われた。緑茶だけでなくほうじ茶や烏龍茶、海苔に茶菓子も取り扱っている。覚えることが多すぎて頭がパンクしそうだ。

「甘くない?」

「え?」

「仕事だぞ? 最初に仕事に自信がないと思うのは仕方ないけど、どの仕事も覚えることが多いのって当たり前じゃね?」

「…………」