「読んで問題なければサインと印鑑をお願いします」
「わかりました」
月島さんの契約書よりも細かい字で難しい言葉の多い契約書に簡単に目を通し、名前を書いて持ってきた印鑑を押した。
「ではお店に戻ってください。今からお仕事スタートです」
慶一郎さんは聡次郎さんと違って穏やかで明るい。社長という肩書きのせいなのか、気分屋の聡次郎さんとはあまり性格は似ていない。
「よろしくお願いします。ありがとうございました」
私は社長室を後にすると再び1階の事務所に戻った。事務所にはもう月島さんの姿はなく、聡次郎さんもいなかった。ただ1人花山さんだけが待っていた。
「では最初に会社を案内します」
花山さんに連れられて2回目の会社案内が始まった。月島さんに既に案内されているとは言えなかった。私は今日初めてここに来たことになっている。
階段で3階に上がると倉庫の横にある更衣室に案内された。
「着替えはこの中で。ロッカーに三宅さんの名前のプレートが貼ってあります。そこを自由に使ってください。私は外にいますから」
「はい」
淡々と話す花山さんが外に出て更衣室のドアが閉まった途端、自然と溜め息が出た。花山さんと話すと息苦しい気がする。威圧されているわけでもないのにそばに居ると苦しい。
ロッカーの中にはクリーニング店のビニールに入った濃い緑のエプロンと、真っ白いワイシャツが入っていた。既に穿いてきていた黒いパンツの上にワイシャツを着て、首にエプロンをかけて腰で紐を結んだ。
緑がお茶の色を表しているのだろう。カフェの制服を見慣れているからシンプルな制服は私には似合っていない気がする。そのうちこれも馴染むのだろうか。



