またも聡次郎さんはバカにしたように笑った。本当にこの会社が嫌いなのだろう。そしてここで働くことになった自分も嫌いなのだとその笑顔が語っているように感じた。
「梨香は今どこ行こうとしてたの?」
「社長室です。お兄さんとお母様が待っているそうで……」
「そう。まあ頼むよ」
「はい……」
他人事のような言葉にほのかに怒りが湧いた。
「緊張してる?」
「はい……少しだけ」
「俺も」
聡次郎さんは私に向かって微笑んだ。不覚にもその笑顔に怒りが消えた。今までと違う環境に身を置くことが不安なのは聡次郎さんも一緒なのに、私に笑顔を見せてくれるから気持ちがほんの少し軽くなる。
「頑張れ」
そう言った聡次郎さんは私の頭に手を置いて優しく撫でた。
「え?」
状況が飲み込めず驚いたときには聡次郎さんの手は離れ、私を残して事務所に入っていった。
今、頭を撫でられた……。
意外な行動に固まった。まさか聡次郎さんがあんなことをするなんて。
そうか、婚約者だもんね。頭を撫でるくらいはするよね。
そう納得して、既に閉まってしまったエレベーターのボタンを押した。
15階で降りると社長室だと思われるドアをノックした。
「どうぞ」の声に「失礼します」と言って入ると、中には応接室と同じくソファーとテーブルがあり、聡次郎さんのお母さんが座っていた。奥のデスクに座った慶一郎さんが立ち上がって「おはようございます」と笑顔を向けてくれた。
「おはようございます。今日からよろしくお願い致します」
2人に挨拶をするとお母さんが座るようにと促した。
「失礼します」
お母さんの向かいに座ると「早速ですが」と冷たい声を浴びせてきた。



