「じゃああのカフェで出会ったことにしよう」

「え?」

「俺と梨香の出会いのきっかけ。きちんと設定を決めないとな。母も兄貴も騙すんだからボロが出ないようにしないと」

「わかりました」

「この契約のことを知っているのは俺と梨香と明人だけだ」

「はい」

「家族に紹介して、結婚の準備をしているように見せかけて時間を稼ぐ。話を先延ばしにし続けて数ヵ月後に別れる」

「別れたことにしていいの?」

「何で? それって俺と別れたくないの?」

「違います!」

バカにしたように笑う聡次郎さんに怒鳴りつけるように大声を出した。まるで私が聡次郎さんと本当に婚約することを望んでいると言われたようだ。

「私と別れたことにしても、その後は本当の婚約者と結婚することになるんじゃ?」

「結婚が破談になったワケありの男なんて向こうも嫌だろ。それに、うちの母親が納得できないような婚約者を紹介した方が、いい具合に機嫌を損ねられて助かるんだよ」

「悪かったですね、納得できないような婚約者で」

私を紹介することがお母様の機嫌を損ねるなんて言われては私の機嫌が悪くなる。

「そういう意味じゃないよ。母さんは昔からこの会社と付き合いのある企業の関係者と結婚させたいんだよ。それに、梨香はカフェ店員だしね」

「関係あるんですか?」

「コーヒーを扱う仕事をしている人が日本茶会社の嫁になるなんて母さんは怒るだろうね」

「なるほど……」

確かに正反対だ。私はコーヒーを飲むけれどお茶に詳しくはない。そんな人を嫁として受け入れるのは嫌かもしれない。

「母さんが呆れて俺に構うのをやめるほど怒らせたい。そのためには梨香の演技も大事だ」