「失礼します……」

愛華さんは泣き顔を隠そうともせずに振り返り、エレベーターまで行くと開いた扉から中に入った。扉が閉まるまで私に頭を下げ続けた。床に落ちた涙の粒まではっきり見えた。

エレベーターが下りたことを確認すると私は思わずドアに寄り掛かった。

愛華さんは今夜聡次郎さんに会いに来たんだ。なのに私がいた……。

あんな風に泣かれてはまるで私が悪者のようだ。
ああそうか、私は悪者なんだ。婚約者を奪い取った悪女、それが私だ。

自然と涙が頬を伝った。
愛華さんが婚約者だと知っていながら聡次郎さんと関係を続けて、それを愛華さんに言わずにいた。私はずるい卑怯な女だ。
何も知らない愛華さんは聡次郎さんのために努力していたのに。

けれど私たちのことを知られてほっとした。聡次郎さんの家に私がいても怒ることも責めることもなく帰っていった愛華さんにも安心してしまった。彼女を傷つけてしまったのに。

「梨香?」

聡次郎さんの声がして顔を上げた。エレベーターから出てきた聡次郎さんは心配そうに私に駆け寄る。

「何があった?」

「えっと……」

聡次郎さんは私より動揺している。

「愛華さんが来た……」

「え?」

「会わなかった?」

「いや……会ってない」

「聡次郎さんに会いに来たって。でも私がいたから……」

「そうか……」

聡次郎さんは何かを察したのか私の肩を抱くと「とりあえず入ろう」と部屋の中に促した。私をソファーに座らせると自身も隣に座った。