思わず溜め息をつきそうになるのを堪えた。奥様が愛華さんに手伝うように言った魂胆はわかっている。聡次郎さんに近づけるためと、龍峯の仕事を覚えさせるためだろう。

「初めてのバイトです」

愛華さんは楽しそうに笑う。反対に私は暗い顔をしていないか不安になった。

「ご指導よろしくお願い致します」

再度私に頭を下げたから、「こ、こちらこそ……」と声を絞り出した。

自然と声が低くなるのを抑えられない。愛華さんがこんなに近くにいて落ち着くわけがない。
私がもうすぐ龍峯を退職したら奥様と愛華さんはどう出るのだろう。何もかも奥様の思惑通りで悲しくなる。

そもそも、愛華さんは私と聡次郎さんの関係を知っているのだろうか?

「じゃあまず開店準備から教えますね」

私は緊張しつつも愛華さんに業務を一通り教え始めたけど、必要以上に気を遣ってしまう。

開店しお客様が来店すると私は愛華さんにお茶をお願いした。
私が龍峯の初日に教わったように淹れ方を教えようとしたけれど、愛華さんは何も言わなくても手を動かしてお茶を茶碗に注いだ。
そのあまりにも自然な動作に焦った。私の初日は道具と所作を覚えるのに必死だったのに、愛華さんは流れるような手つきで道具に触れる。
お客様への丁寧な言葉づかいも元々身についていて、教えることは商品の包み方だけだった。それも1度やって見せると綺麗に箱を包んでしまった。

「すごいですね……」

思わず本音が口をついて出た。