「そのうちって……今日はお休みした方がいいんじゃないですか? 風邪っぽいですし、もし熱があったら大変です」

「ううん……風邪じゃないの」

麻衣さんはそう言うと微笑んだ。

「実は、妊娠したみたいなの」

「え、本当ですか!? おめでとうございます!」

それはとてもおめでたいことだ。ずっと子供を望んでいた麻衣さんが妊娠したのだ。

「ありがとう。だからこれはつわりなの。幸せなんだけど、気持ち悪くて……」

麻衣さんは今にも倒れそうなほど気持ち悪いようだ。

「じゃあやっぱりお休みした方がいいですよ。今は無理をしてはだめです」

「そうね……奥様と花山さんに言ってくる……」

麻衣さんはトイレから出てフラフラと事務所に入っていった。

麻衣さんが妊娠した。龍峯にとって吉報だ。もし産まれてくる子が男の子だったら、間違いなく龍峯の後継者になるだろう。

社長である慶一郎さんと麻衣さん夫婦に子供ができなければ、聡次郎さんの将来の子供が後継者になる可能性が高かった。けれど社長にめでたく跡継ぎができたとなると、聡次郎さんが跡継ぎのことを考える必要がなくなる。
それは聡次郎さんが愛華さんとの結婚を急ぐ必要がなく、奥様も無理に話を進めようとしなくなるかもしれない。

同時に嫌な考えが頭をよぎった。
聡次郎さんはもう龍峯に縛られる必要がなく、ここを出ていくことも自由になるかもしれない。恋愛も自由に選択できるのだから相手が私でなくともいいと思ってしまうかもしれない。