無言の聡次郎さんに代わって愛華さんが口を挟んだ。
「でも……」と愛華さんは遠慮がちに聡次郎さんを見つめた。
「しばらく龍峯を出入りする間に1回でもお食事をご一緒できたら嬉しいです……」
この言葉に私は階段から飛び出していきそうになるのを堪えた。それは聡次郎さんをどう思っているのかを思い知るには十分すぎるほどの声色だった。愛情と聡次郎さんの返事への期待。
愛華さんの美貌で甘い言葉を言われたらほとんどの男性は断らないだろう。
けれど愛華さんが本当の婚約者でも聡次郎さんは私の恋人なのだ。愛華さんと食事にいくことを許せるわけがない。
「遠慮いたします」
聡次郎さんはばっさり切り捨てた。
「何言っているの聡次郎! あなたがお昼に会社に戻ってきているのは把握しているのよ」
奥様は私と聡次郎さんが一緒にお昼を食べているのを知っているのだ。だからわざと愛華さんと食事させようとしている。
「ランチタイムはいつも先約があるので」
「そう……なのですね……」
愛華さんの表情はみるみる暗くなる。私としては聡次郎さんがはっきり断ってくれて嬉しい。
「聡次郎! 失礼なことを言わないで!」
「愛華さんもいつまでも母さんのワガママを聞いてここに来ることもないですよ。もう飾る所もないでしょう。龍峯のビルの至るところに愛華さんの活け花でいっぱいだ」
聡次郎さんは淡々と話す。一切感情がこもっていないことが私を安心させる。
龍峯のビル内は今まで以上に生花が増えていた。こんなところに必要ないと思える作業場の廊下にまでアレンジメントが置いてある。



