アフタヌーンの秘薬


「梨香!」と聡次郎さんが私を呼ぶ声が階段に響いた。

「待て!」

聡次郎さんが勢いよく下りてくる足音がする。だけど待っていられない。早く帰りたいのだから。
体が熱い。手のひらが触れている手摺りが冷たくて気持ち良い。

「梨香! 行くな!」

すぐ後ろで聡次郎さんの声が聞こえて腕をつかまれた。振り払おうとした瞬間意識が薄れ、足の力が抜けて焦ったけれどもう立っていられない。

「梨香!」

体が腕に包まれたのを感じて目を閉じた。










目が覚めると見慣れない天井の照明に困惑した。
体には毛布がかけられ、額には濡れたタオルのようなものが載せられている。体を起こそうにも力が入らず、全身だるくて意識が朦朧とする。
頭だけを動かして部屋を見回すと窓からは強い西日が差し込んでいた。その外の景色には見覚えがあった。
足を向けた先にある引き戸の隙間から見える奥の部屋は、これまた見覚えのあるリビングだ。私が休憩時間に何度も座ったソファーが見える。

どうしてここにいるのだろう。会議室を出て階段を下りたところまでは覚えている。それから足に力が入らなくなって、倒れると思ってから記憶がない。
あのとき聡次郎さんに触れた。では聡次郎さんにここに運んでもらったのだろうか。

「そうじろうさん?」

想像以上に声が出しにくく、私は掠れた声で部屋の主を呼んだ。リビングに聡次郎さんだろう気配は感じるけれど、私が寝ている寝室に来てくれる様子はない。