「愛華さんを不満に思う人間なんていません!」
奥様の声が私の頭にズキズキ響く。増々体調は悪化している。
「俺は栄のお嬢様とは結婚しない」
「聡次郎!」
奥様は顔を真っ赤にして聡次郎さんを怒鳴りつける。聡次郎さんは無表情で母親を見据えていた。
「あの!」
思わず2人の喧嘩に割って入った。
「私は龍峯を辞めます」
「梨香、なに言ってるんだ?」
「もう決めました」
うんざりだ。親族間の争いに巻き込まれるのも、仕事とはいえ理不尽に責められることも。
「龍峯を辞めるということは、聡次郎との結婚も白紙にするということかしら?」
奥様の問いにも「はい」とはっきり答えた。
「梨香待ってくれ! 俺は……」
「その代わり、聡次郎さんの望まない相手との結婚もやめていただけますか?」
この言葉に奥様は私を睨みつけた。けれど覚悟を決めた私はもう怖がったりはしない。
「聡次郎さんは私なんかをそばにおきたいと言うくらいです。本当にお見合い相手の方とは結婚したくないのでしょう。ならば私が引く代わりに奥様も引いてください」
奥様の決めた相手との結婚が嫌なら、それだけは止めなければ。聡次郎さんには生活が厳しいときに助けられた。その恩はきちんと返したい。
「自分が何を言っているのか分かっているのかしら?」
「はい」
奥様から目を逸らさずにはっきりと答えた。
頭がぼーっとして体が熱い。今すぐ寝転がりたいけれど意識はしっかりしている。聡次郎さんだけは守らなければ。



