「あの……」
どうしたらいいだろう。私が龍峯を辞める代わりに聡次郎さんの意に反したお見合いを止めてもらうことはできるだろうか。
「聡次郎もここへ呼びます。あの子も交えてはっきりと決めましょう」
奥様は立ち上がり壁に設置された電話の受話器を取るとダイヤルボタンを押した。
「今すぐ会議室にいらっしゃい」
受話器の向こうの聡次郎さんに短く伝えると再びイスに腰掛けた。
聡次郎さんがここに来るまでの間がとてつもなく長く感じた。奥様と話すこともなく、静かな会議室でひたすら待った。
会議室のドアがノックされ「失礼します」と聡次郎さんが入ってきた。奥様のそばに私がいることに驚いたのか目を見開いたけれど、すぐにいつものように無表情になった。
私だって気まずいのは同じだ。無理矢理キスをされて逃げてきてから一切連絡をしていないし、もちろん会話もあれ以来していないのだから。
「何の用でしょうか」
聡次郎さんは奥様に対して敬語だけれど、その声は母親に向けるものとは思えない敵意を感じた。
「聡次郎、私は梨香さんとの結婚は反対です」
「またその話か。何度も言ってるけど、母さんには俺の結婚に口を挟んでほしくないんだよ」
「梨香さんが龍峯に入って何ができるというの。従業員からの評判が良くない嫁はいりません」
私のせいで親子が目の前で喧嘩をしているなんて申し訳ないやらおかしいやらで口を挟めないでいた。
「栄のお嬢さんが従業員に評判がいいとは限らないだろ」



