「2人の結婚の話が進んでいないなら焦らなくて大丈夫だから。私が言える立場ではないけれど、聡次郎さんと梨香さんは会社のことも後継者のことも何も心配しないでほしい」
「はい……」
またしても退職を伝えるタイミングを逃したけれど、麻衣さんの綺麗な笑顔には癒される。老舗企業の社長夫人で容姿端麗。そんな人にも悩みはあるのだ。
聡次郎さんが結婚相手は自分で選びたいと言っていたけれど、私に好意を持ってくれたということは私を結婚相手として意識してくれていたのだろうか。
結局麻衣さんに退職したいと言うことはできなかった。
後継者のことは気にしないでと言われたけれど、もし私が龍峯を辞めて聡次郎さんの元から離れると知ったら、麻衣さん自身に今以上にプレッシャーを与えてしまうのではと怖くなった。
無理にお粥を食べても体調は回復するどころか意識が朦朧としてきた。これは麻衣さんに伝えて早退させてもらた方がいいかもしれない。
午後のレジ内の金銭点検をし、売り上げ金と確認票を事務所にいる花山さんに手渡した直後、店舗の内線が鳴った。
応答すると奥様から私に会議室まで来てほしいとのことだった。奥様に呼び出されるなんて何事だろうかと緊張で手が震える。
ふらつく足で会議室まで移動しドアをノックした。
「失礼致します……」
中に入るとイスに座った奥様とその横に花山さんが立っていた。先ほどまで事務所にいた花山さんがどうしてここにいるのだろうと不思議に思った。
「では私はこれで」
入れ違いに花山さんは会議室から出ていった。すぐさま奥様は口を開いた。



