「高町巫果さん、結婚しましょう」
鈴木さんは、はっきりそう仰いました。
2人揃って魔法界にデビューが決まりです。
箒と絨毯が、まるでいっぺんにやって来たみたい。私は心を躍らせました。
そこで私はエリカに貰った教科書を広げます。こういう場合を調べました。
「鈴木さん、男性からのプロポーズの場合、そのお返事、女性側は少々お時間を頂けるとあります。普通は」
そう書いてあるページを指さしながら、そうお答えしました。
鈴木さんは「そう来るか」とか何とか、ぶつぶつと仰います。そこから絞り出すように「分かりました」と続きました。納得できない事でもあるのでしょうか。鈴木さんは腕を組んで、少々複雑な顔をしておられます。
私は思い出したように、「今日はジャッキーを連れてきています」と鈴木さんを誘ってお庭に出ました。ホテルの庭園は、すっかり秋の景色です。枯葉が、そこらじゅうに敷き詰められて、まるで鮮やかな絨毯のようでございました。
「ジャッキーも、鈴木さんに会いたかったよね?」
鈴木さんに御機嫌を直してほしいと思って、そう言いました。
私は無理やりそう向かわせているのでしょうか。鈴木さんは、さっきからぺちぺちと、ジャッキーの尻尾で絶妙な攻撃を喰らっておられます。
私は、これまで鈴木さんを随分と待ちました。苦しいけれども、ずっとお待ち申しあげておりました。だけど鈴木さんは……私の返事を待つという心の余裕は無いようです。
それは、お庭から石畳の通りに出てすぐの事でした。
私をその腕の中に、ぎゅっと抱き締めて……何か、とてつもない事が起こっている。それがジャッキーにも伝わるのでしょう。そこら中を駆け回って、枯葉が大きく舞い上がります。
鈴木さんが急に近付いてこられたと思ったら、優しく唇を重ねてこられました。
私は1度、軽く目を閉じます。
ところがその感触が……驚く事に、いつかと全く同じでした。私はびっくりして、思わず目を開けてしまいます。まさか、また子供騙しが繰り返されたのかと……だけどそれは杞憂でした。目を閉じた鈴木さんのお顔が目の前、すぐそこにあります。ほんのりと頬が赤く、どこかうっとりと、まるで溶けそうな表情をしておられました。なんと、可愛らしい。私は我慢できなくなります。
「鈴木さん、結婚いたしましょう。すぐにでも」
テンカイハヤッ。
そのように声を発して、「高町さん、それはつまり、僕には楽しい事を考える時間が無いという事でしょうか」それを聞いて、私はさっきの雑誌を取り上げました。同じページをめくります。
残念ながら、鈴木さん。
「こういった場合、そのような余裕は無いようです。ここを見て下さい」
〝今夜は帰りたくないの〟
〝上に部屋を取ってある〟
鈴木さんはページを覗き込んで、非常に驚いていらっしゃいます。
「この記事は詐欺の手口でしょう!」とか言いながら困っていらっしゃる。混乱していらっしゃるようにも。
「そう来るか」
テンカイハヤッ、とさっきと同じ言葉を繰り返して仰いました。
私は、鈴木さんの手に自分の手をゆっくりと重ねました。
赤くなったり、青くなったり、また赤くなったり、忙しい方。
思いがけず巻き起こったミラクルを、思う存分味わって居らっしゃる。
鈴木さんは、何て幸せな男の人でしょう!



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