社内運動会で借り物競走は1番盛り上がるらしい。
借りるのは〝物〟ではない。〝尊敬する人〟〝頼れる人〟〝プレゼンの上手い人〟そんなテーマがウケている。
〝一緒に飲みに行きたい人〟
僕は高町さんを選ばなかった。そぐそこに居て、手を伸ばしてくれたにも関わらず。さっきの、あの村上と言う男の目がどうしても気になる。
高町さんは〝壁ドンされたいイケメン〟に何故か僕を選んで、周囲からブーイングを轟々と浴びていた。
「私、鈴木さんがどこに居ても分かるんですよ」
そんな彼女に申し訳ないと思う。僕が躊躇しているその間に、他の誰かがゴールして、結果、彼女は競技に勝てなかったのだ。ノー・ウェディング。
「鈴木さんのせいで、温泉宿一泊が奪われてしまいました」
高町さんは怒らなかった。悪戯っぽい眼差しで僕を見上げる。その背後、やっぱりあの村上が僕を怪訝そうに眺めていた。もう誤魔化せないかもしれない。
放送席からお呼び出しを受けたと思ったら、
『パーソナルの〝のび太〟さん』
嫌でも僕の事だと分かる。これは、とある経緯から僕に付けられたあだ名だが、本人の意思とは無関係に役に立った。迷彩人類、他の鈴木が混乱する事はない。
僕を読んだのは上杉部長だった。「どうにかしろ」と名刺の束を渡される。整理しておけという事だろう。「はい」と受け取った。ふと見ると、そこにさっきの……あの村上が居る。僕の当惑に気付いた部長から、
「こいつ。唐沢会の、村上先生んとこの息子だ」
唐沢会は、被災地に医師団を大々的に派遣するニュースで世間にその名を轟かせた。そうか、医者の村上一族。と言う事はこの男も医療従事者なのか。
「俺は麻酔科。一族から外科以外を出すな。恥晒し。とか言われてるけど」
自分から晒してくれた。名誉という点において、高町グループと肩を並べてもおかしくない。「鈴木。鈴木。鈴木」村上は僕の名前を連呼したかと思うと、
「ウェディング・チャレンジ。やっぱ君がその鈴木か。まさか上杉さんとこの部下だったとはね」
聞いていると、どうも上杉部長と村上は、個人的な知り合いであるらしい。
「礼を言う。村上バカ息子のおかげで、うちの鈴木は命拾いした」
部長がいきなり何を言うかと思えば(バカ息子も然り)、
「価値観は、すり合わせる事が難しいのはお嬢様にも分かる。おまえを相手には選ばない。村上バカ息子のおかげだ。感謝しろよ」
部長はそこで僕にタオルを投げた。
「おまえはのんびり、楽な相手を探せ」
嫌でも分かる。
ケツを叩かれているのだ。
その昔〝ゼロを1にする仕事だ。簡単なら誰にでも出来る。おまえには頼まない〟と上杉部長に打ち抜かれて、僕は今に至る。部長はその時と同じ目をしていた。その頃と全然成長していないという事を暗に示された気がする。こういう所が憎らしい。というか勝てない。
競技は、次の大玉転がしに移っていた。彼女は、やっぱりというかこの競技にもエントリーしているようで。
「〝もし、お兄様のピンを倒したら、私は鈴木さんと結婚できます〟」
大玉転がしの競技では、的の1つ1つに役員の名前が入っている。役職が高ければ高いほど良い景品が手に入るらしい。ひときわ大きな的には〝エリカ〟の名前があった。青チームは渡部が随分張り切っているけど。
「高町さん」
赤チームで順番を待つ彼女に近付いて、僕は思い切って声を掛けた。
「そのチャレンジですが、もう止めませんか。みんなも混乱しているし」
「いいえ。ミラクルが起こるまで、私は止めません」
彼女の順番は次に迫って来た。心の準備を邪魔するのも悪いと、一旦、その場を外れようとしたら、
「鈴木さんは、あの村上さんをどう思いましたか」
彼女がぽつんと訊いて来る。
「いろんな世界を知っている方だと思います。高町さんが望むような、爆発的に嬉しい事が起こりそうな予感がします」
「そうでしょうか」
はい。
「彼こそ本命です。仲良く楽しく、成し遂げて下さい」
彼女は、僕をジッと見つめたまま微動だにしない。「そろそろスタートに立たないと」と、僕は彼女の背中を押した。
彼女はゆっくりとレーンに立つ。僕を真っすぐ見詰めながら。その場で祈りのポーズを取った。そこから人差し指と中指を唇に付ける。
いつかのように。まるで願掛けするように。
そこに、何故か毛玉の獣が乱入した。
どこか見覚えのある、ラブラドール・レトリーバーが大はしゃぎでやって来たかと思うと、次から次へと的を倒して駆け回る。そこで競技は一時中断。
全ての的を倒し切ったジャッキーは、そこから何故か僕を目がけてやって来ていきなり飛び掛った。愛嬌を振りまいてくれるけど、この重量感がハンパ無い。
僕は耐えきれず地面に倒されて……どこか見覚えのある、ヤンキー姉が、僕の顔を覗き込んでいる。「こらぁ、ジャッキーぃ」と適当に叱ってくれたと思ったら、「これは的じゃないんだよ?薄っぺらいけど鈴木だよ?」
「てゆうか、ちゃんと繋いで下さいよっ」
高町の犬のクセに。