最初の玉入れ競争でエリカと共同戦線、息の合ったコンビネーションを見せた同期の渡部は、「やっとエンジン掛った!」と急にやる気を見せた。
「あんまりベタベタしたら彼女にチクるぞ」と脅迫したら「うへぇー」と喜ぶ。
懲りてない気がする。
玉入れは縦横無尽に人が混ざり合った。気付いたら、すぐ隣に高町さんが居る。「鈴木さん、はい」と青い球を渡されて、「高町さん、それ反則ですよ」
彼女は首を傾げて、うふふと笑った。その協力(?)のせいかどうか分からないが、青チームは数で堂々の2位に就く。まずまずの出だしであった。
競技の後始末&次の準備の間を、進行係とおぼしき女性が社員のインタビューで繋いでいる。日頃付き合いの無い役員や上司が、ここで大活躍していた。
「お次は、高町社長の妹様、麗しき御令嬢、高町巫果さんです」
「こんにちは」
そこで、巫果さま~!とそこら辺から野太い掛け声が掛った。そんなに知られて人気者だったとは……兄貴にも負けてない。
高町巫果さま、では一言どうぞ。
「今日は、私の決意を分かって頂きたいと思っています」
お、それは何でしょう?
「私、高町巫果は、この運動会で生涯最大のチャレンジを致します」
周囲も、おっ?と動きを止めた。たかだかお見合いのような個人的な事。
そこまで言うかと、どこか僕は悠長に構えていた。
「と、言いますと?」
「私は……」
そこで彼女は進行係からマイクを奪った。
「〝もし、1つでも競技に勝てたら、私は鈴木さんと結婚できます〟」
にこっと笑ってマイクを戻した。
後ろ頭をブン殴られるとはこういう事だ。
まさかそこまで追い詰めるとは思ってなかった。
彼女は、ここで壮大な〝ウェディング・チャレンジ〟をやらかす気なのだ。
進行係のドン引きと、周囲の微妙などよめき。
やがてそれは波のように広がって。
「……鈴木ってさ、まさかオレの事?」
「いや俺だって鈴木なんだけど」
「僕も鈴木だぁ!」
「うちの課長も鈴木っすよ」
「はい!はい!はい!俺も!俺も!俺も!」
ここにも居る、あそこにも居る。迷彩が過ぎる。鈴木はもはや神の領域なのか。そこら辺の〝鈴木〟が急にやる気になって粟立ったかと思いきや、「何としてもお嬢様には勝たせるな」とアンチまでもが出現。「鈴木なんかと許さねぇからな」と躍起になった。
肝心の我が青チームは……「うちは鈴木ったって、あいつだもんな」と僕の存在を知ってか知らずか、傍観者を決め込んでくれる(渡部も)。勝とうとも思っていないし、誰かを邪魔をしようと言う盛り上がりにも欠けていた(渡部も)。
反応がそこまで迷彩を極めるとなると、僕だって地味にへこむよ。
インタビューは来賓席に及んだ。
「今年は盛り上がっている」と高町社長は答えた。
「というか殺気立っている」と上杉部長が横槍を入れる。
僕には、高町グループが総出で〝鈴木〟にムチャ振りしてるとしか思えない。
そのムチャ振りの頂点にいるのが、高町さんだった。
さっそく、ウェディング・チャレンジが炸裂する。
「〝もし、障害物競争で1番になれたら、私は鈴木さんと結婚できます〟」
「俺だ」と隣チームの走者が色めきたった。胸元には〝鈴木〟とある。
「オレだよ」と、その先のチームの鈴木も急にやる気を出した。
競技がスタート。
トップバッターの高町さんは、障害物2つ目のハードルで、いきなり転ぶ。
打ち所が悪いのか、すぐには立ち上がれない。ヤバいんじゃないか。誰か行った方がいいんじゃないか。僕が飛び出そうかと思わず構えたそこに、
「巫果ちゃんって、ドジっ子?」
どうも僕に訊いているらしい。その男は髪の毛を独特な色に染めていた。それだけでも目立つが、とにかく背が高い。
見ると、彼女は既に立ち上がり、どうにか競技を再開。「巫果ちゃん、可愛いぃ」と隣のそいつは笑うけど……あれは痛かったんじゃないか。
その高町さんが土埃を振りまきながらやってきた。と思ったら、さっきの男に「やりー」と気軽に声を掛けられている。バイト先の知り合いなのか。
彼女は僕と目が合って、近付いてきて、
「ノー・ウェディングです」
ぷつん、と呟いた。そんな事より。
「腕、大丈夫ですか」
「大丈夫です。指先をちょっと切りました。転び方が下手だから怪我をするんだって、兄に怒られてしまって」
指を見せてくる。血は止まっているようで、それほど大した怪我でもない。
「途中までは1番でした。鈴木さん、見ていて下さいましたか」
途中まで1番?ハードルまでの近距離の事か?「惜しかったですね」としか。
「あのままゴールしていれば、CD券が貰えたんです。クラシック全集が手に入ったかもしれない。それも何だか悔しくて」
思わず笑った。
「高町さんなら、そんなの競争しなくても手に入るでしょう」
「ですが大きなミラクルは……苦しい思いが連れてくるんです」
こう言う時だ。またしても凄く深い所を突かれたような気になる。
「あ、鈴木さん。ご紹介いたします」
何だか急に改まったと思ったら、「こちらがあの、今日会った方で」
〝村上淳史さんです〟
僕に紹介されたのは、さっきの、独特な色の男であった。
こいつが。
「巫果ちゃーん、はい、絆創膏」
「ありがとうございます。御親切に。でも血は止まりましたので大丈夫です」
「いけない。次が始まってしまう」と高町さんは急いで次の競技に向かって行った。微妙に牽制し合う僕達2人を置いてけぼりにして。
「そういや、あんたも鈴木だな」
村上淳史は、僕を値踏みするみたいに上から下まで眺めた。高町さんのチャレンジが一体誰を的にしているのか。知れ渡るのも時間の問題かもしれない。
「今日は鈴木が多いみたいですね」
彼女の邪魔をしてはいけない。彼を残して、僕は急いでその場を後にした。