ぐっと奥歯を噛み締め
喉元に包丁を突き刺し
強引に水平に動かした

刃が喉頭隆起にぶつかる

途端に
喉が焼けるように
熱くなった

なぜか後頭部が
冷凍庫に突っ込んだかのように
一気に冷えていく

動脈を切ったからか
咽頭から
熱い液体が噴き出た

手から包丁が落ちる

自分の身体に
目をやると
想像以上に
全身が血で濡れていた

胸が気持ち悪い
頭の芯が重い
吐き気がする
息をするのがしんどい

呼吸すると
ひゅーひゅーと音がした

口腔と鼻腔から
湧き水のように
血が溢れてくる

あたしは死ぬんだ

最後まで
冷静に自分を見つめていた

「おー
 首切ったかぁ
 はっはっは」

全身の力が抜けて
血だまりに
前のめりに倒れたとき
男の笑い声が聞こえた

「いやな
 三日前…
 いや四日前か
 新人が入ってきてな
 ひつじにこの部屋から
 出ていってもらおうと
 思って来たんだがな
 いないのかなと
 この部屋を覗いたら
 お前……
 太股刺してるからさ
 ちょっと見物させてもらってたんだよ
 まさか自ら首を切るとはな……
 いや
 あっぱれあっぱれ
 ははは
 とてもおもしろ───」

あたしの姿をみながら
コーヒーブレイクでも
しているかのような
軽妙な口調で話すこの声

『野田 宗次郎』

カーペットにひれ伏し
薄れる意識の中
胸の内で彼の名を呟いた───。