「…どうも」

電話を切ってから約1時間後、やっと救世主は桜の家に現れた。

「どうぞ」

「お邪魔しまーす…
うおっ、すっげ!
イイ部屋住んでんじゃん!
あんたイイトコのお嬢様か何か!?」

「…普通の社会人ですけど」

全く、最近の若者は本当に口の聞き方がなっていない。

見えない様に呆れながら、桜は不躾に辺りを見回している男をリビングに案内した。

「ママ〜、誰か来…やっ!」

リビングでテレビを見ていたぎんが、後ろから着いてきた男の顔を見るなり桜の背後に身を隠す。

「銀、お前マジでふざけんなよ!?
何隠れてんだよっ!」

「ママぁ、このお兄ちゃん誰っ!?
怖いよ〜!」

桜の腕にしがみついたぎんの手が微かに震えていた。

何度確認したって信じられない。

ただ事実だけが目の前に叩き付けられた、そんな気分だった。


「…事情は大体分かったけど…
何か狐につままれたみてぇな話だな」

昨夜からの事の次第を説明し終えて、桜は何とか現状を飲み込めたらしい男にホッと胸を撫で下ろした。

「それで、私は彼と何の関わりもありませんし、貴方に連れて帰って頂きたいんですけど…」

すっかり冷めてしまったコーヒーに顔をしかめていた男が、急に桜に向かって意地悪く口元を歪める。

「俺は犬塚雅也。
あんた見た所俺より年上っぽいし、特別に雅也って呼んでもいいよ」

「…は?」

明らかに上目線の男の言葉に、桜は脳内血管が音を立ててしまいそうになった。

「で、連れて帰りてぇのは山々なんだけどさぁ…
つーか、銀の奴、記憶喪失なんじゃねぇの?」

「え…記憶喪失!?」

「あんたの話だと、頭打って、その上高熱出してたんだろ?
ほら、よく漫画とかであんじゃん、頭打って記憶喪失ってさ」

言われてみれば確かに…

これっぽっちも記憶喪失なんて言葉が思い浮かばなかったが、そう指摘されるとそれ以外には考えられない。

「まぁ憶測だけどな」

見た目や言葉遣いで人を判断してはいけないと、桜は改めて男を見直した。
思ったよりも、男は冷静で頭の回転も早い人間の様だった。