ピンポーン

俺は、「斉藤」と書かれた表札の横にあるインターホンを押す。

敦也の家は相変わらず大きい。
庭に目をやると、花壇にびっしり花が植えられていた。
真由さんの趣味だろう。
同じ種類ごとに綺麗に真っ直ぐ並べられた花たち。真由さんの几帳面さがよく出てる。

庭には、ガーデニングテーブルとガーデニングチェアも置いてある。
休みの日は、ここで朝ごはんでも食べるのだろうか。


ガチャ
しばらくすると、玄関から敦也が出てきた。

「智司、久しぶり!準備、できてるよ。」
久しぶりに見た敦也は、背は小さいが広い背中とほどよい筋肉は相変わらずすごい。
これで、背が高かったらなぁ…なんて言ったら叱られるだろうな。
そして、綺麗な黒髪から覗く、綺麗な真っ黒の一重。
色白な肌によく似合っている。

「おー。わざわざありがとうな。真由さんの料理たらふく食いてえから、腹空かせてきたぜ」
「ふふ。そりゃ母さん喜ぶよ。行こっ」
俺は敦也に続いてリビングに向かった。
敦也ん家は二階にリビングやキッチンがあり、一階が寝室となっている。

リビングに行くには階段を登らなきゃいけない。
敦也ん家の階段はアイアン調の手すりがついており、いつも少し緊張する。
繊細な作りで、俺が持ったら壊れてしまいそうだ。
まぁ力は俺なんかより敦也の方が強いのだが。


ガチャ

「お邪魔しまーす」
俺がリビングに入ると、エプロン姿の真由さんが振り返った。

「智司くん!!久しぶり!!お誕生日おめでとう!!!」
真由さんは、手を叩きながらパタパタとスリッパを鳴らしながら俺に駆け寄る。

部屋を見渡すと、わ…と、思わず声が出た。
壁に飾りつけられた星やハートの折り紙、ガーランド。

テーブルを見ると。
フルーツがたくさんのったケーキに、オムライス、ベーコンサラダ、ピザ……
たくさんの料理が並んでいた。

素直に嬉しい。


そして相変わらず真由さんは綺麗だった。
40半ばには見えないその容姿。
今日の真由さんも、初めて会った時と同じで栗色の髪の毛を花柄のシュシュでサイドにまとめていた。


「真由さん、ありがとう!すっげーおいしそうっす!早速いただいて、いいっすか?」

「はい、もちろん」

真由さんはにっこり微笑む。
相変わらず、芸能人みたいに歯が白い。
真由さんは白い歯を自慢するように歯を出して笑う。
すごく、綺麗だった。


俺達3人は早速料理を頂いた。
どれもすごく美味しく、口が止まらなかった。やばい。食べるのに集中しすぎて思わず、無言になる。

ケーキにはちゃんとローソクが用意してあり、2人が歌を歌ってくれて俺は19本のローソクを一息で消した。
さすがにこの年齢でこれは恥ずかしいけど。


「親父さんは、今日も遅いの?」
俺は、敦也に聞く。
「んー。まぁ10時頃には帰ってくるよ。たぶん」
敦也は口をもごもごさせながら答えた。
「そっか。久しぶりに親父さんにも会いたかったんだけどな」

敦也の親父さんは弁護士だ。
しかも以前、おっきな事件を解決したとかで一気に売れっ子弁護士になった。
たまにテレビで見かけもするくらい。
そんなんじゃ帰りが遅くなることは仕方ないのかもしれないなあ。

「あっ!」
突然、真由さんが思いついたように声を出した。
「母さん、どうかした?」
「ごめんなさい、敦也くん。下に私の鞄があるから持ってきてくれない?そこに、智司くんへのプレゼント、あるの。」

真由さんが顔の前で手を合わせながら言う。

「え、プレゼント?プレゼントまで用意してくれたんっすか?なんだか、申し訳ないです」

プレゼントなんて、真由さんから今まで貰ったことない。
料理だけで、充分なのに。ほんとに申し訳ない。

「母さんと2人で協力して買ったんだ。遠慮はいらないよ」

”それじゃ、とってくるね。”敦也はそう言って階段を降りて行った。


敦也の階段を降りる音が聞こえなくなった瞬間、真由さんが口を開く。

「智司くん」

俺は何も言わず真由さんを見つめる。
真由さんは深刻そうな顔をしていた。

俺はなんとなく気づいていた。真由さんが一階にプレゼントを忘れたのは、わざとなんだろう。わざと、俺と2人っきりになるために敦也を取りに行かせた。

「智司くん、これ。私の電話番号書いてるから。明日、電話してくれないかな?何時でもいいから。明日なら敦也くん、いないから」

真由さんはスッと立ち上がり、俺のズボンのポケットに無理矢理紙切れをねじ込んだ。


昼休みに電話しても大丈夫ですか?とか
明日バイトないから夕方に電話した方がいいですか?とか
そもそも”敦也くん、いないから”って、敦也に内緒で俺になんの話があるんですか?とか
聞きたいことは山ほどあったけど、何も聞けない空気だった。

空気が、重い。真由さんも俺も何も話さない。

すると、敦也が階段を上がる音が近づいてきた。

リビングのドアが開く。

「もう、母さん。何処にあるか最初わかんなかったよ」
少し、ほっぺをふくらませながら敦也は言う。
敦也はおっきなプレゼントを抱えていた。

「でか!え、中身何??」
俺は思わず大声を出して聞く。

「なんでしょ〜〜う、開けてみて」
敦也が俺にプレゼントを渡しながら言った。

俺は言われるまま、リボンを解く。

「わ!」

中身は、ブランドもののリュックだった。俺が前から好きなブランドで、なかなか高いやつ。

「え!まじで!これすげえかっこいい!」

色も黒と、合わせやすい。チェーンのところにエメラルドグリーンのラインストーンが付いている。
専門学校への通学に丁度良さそうなので有難く使わせて貰おうかな。

てか相変わらず、智司は俺の欲しいものよくわかってるなぁと感心した。


でもその日俺は最後まで真由さんの事が気になり、美味しい美味しい真由さんの料理を珍しく完食できなかった。