僕は小学四年生になった。
残念ながら智司と同じクラスにはなれなかったが、智司は休み時間のたびに僕に会いに来ていた。
僕はそのたびに迷惑そうな顔をしていたが、本当は智司と話せるのが嬉しくてたまらなかった。
クラスからの嫌がらせはなくとも、相変わらず人とうまくコミュニケーションが取れず、智司以外とは仲良くなれることはできなかった。
でも僕には智司がいてくれるだけでよかった。
智司のまわりにはいつも男女問わず沢山の人がいて、でも僕を見つけるとまわりの人を置いて、僕の横に来てくれた。
正直、それがとても嬉しかった。
人気者の智司を独り占め出来るのは、僕だけなんだって。
その年のクリスマスイブ。
珍しく父さんが「今年はホームパーティをしよう」と、言ってきた。
なら、智司も呼びたい!僕はそう言ったが、父さんは「今年のクリスマスは親子で過ごしたい」と、聞き入れてくれなかった。
残念だったが智司とは25日に2人で小さなパーティをすることにした。
僕は、父さんとのホームパーティよりかも智司と過ごすクリスマスの方が何倍も楽しみだった。
そして24日。父さんとホームパーティの約束の日。
僕は道場での練習を終え、くたくたで家に帰ると家からすごくいい匂いがしていた。
いつもの、レトルトや弁当なんかの匂いじゃなかった。
包丁のトントンって音、シンクの水が流れる音。
僕は、母さんだ!と思った。
母さんが帰ってきてくれたんだって。
二階にあるキッチンまで急いだ。階段をかけあがった。
「ただいま!」
僕が勢い良く扉を開けると……
そこにいたのは母さんじゃなかった。
父さんと、知らない綺麗な女の人がいた。
「敦也くん、はじめまして」
その女の人は、背の低い僕の目線に合わせてしゃがみながら挨拶をしてくれた。
僕はどうしたらいいかわからなくて、父さんを見上げる。
「敦也。父さんなぁ、今度この人と結婚するんだ。だから敦也の新しいお母さんだ。挨拶しなさい」
「はじめまして…敦也です」
僕は一応挨拶はしたが、頭の中は整理できていなかった。
「はじめまして!」
その女性、真由さんはもう一度僕の前にしゃがんで挨拶をしてくれた。
嘘みたいに真っ白な綺麗な歯を見せて、笑いながら。
その後に食べた、真由さんの料理はすごく美味しかった。
食べたことのないような料理ばかりだった。
チキンソテー、きのこの入ったお洒落なサラダ、コンソメスープ、デザートにはクリームブリュレとホールケーキ。
料理の腕前は、真由さんの方が母さんより格段に上だった。
でも、僕は母さんの作る薄味の料理が好きだったんだ。
母さんの料理を思い出し、目頭が熱くなってきたが僕は必死で涙をこらえる。
久しぶりに見た、楽しそうな父さんの笑顔を邪魔したくなかった。
そうだ。父さんはこんな笑い方をする人だったんだ。
もう、僕はずっと父さんの笑った顔を見ていなかったらしい。
それでも、僕は父さんが許せない。
父さんは、”新しい母さん”が”僕へのクリスマスプレゼント”だなんて思ったりしていないよな。
2人で、よかったのに。2人でずっと住んでいたかった。
新しい母さんが来たら、母さんが悲しむじゃないか。
もう、必要ないよ。って。
もう、戻ってこなくていいよ。って。
父さんが母さんに言っている気がした。
俺は心に残るモヤモヤも、コンソメスープと一緒に飲み込んだ。