コーヒーを飲み干して、彼は私の方を向き直った。
「思い出した?」
にやりと口の端を上げて意地悪な顔をする。……この顔、好き……。

「この顔好きって顔してないで、ちゃんと思い出せよ。お前の言葉、俺はずっと覚えてたから」
どうして心を読まれたの?

そんなに惚けた顔してたかな……なんて思ったら「よーいしょ」
わざとらしいかけ声と共に、隼人さんが私の後ろに移動した。

この体勢って、いわゆるコアラ抱っこってやつでは……。
二人で前後に座って後ろから腕が回される。うう、こんなに私の心臓を働かせて、止まっちゃっても知らないからね。
ここから開放されるには思い出すしかないってことか。
落ち着かない思いで、私は記憶の中に身を投じた。

「皆実の彼氏が他の女の子と歩いてたって聞いた? 腕組んでたらしいよ」
言いにくそうに、悔しそうに私に耳打ちしたのはカナコだった。

あれは、中学3年生のバレンタイン前。受験も終わってとっくにバレー部も引退した私たちV5は、毎日誰かの家で集まってはお喋りに花を咲かせていた。

この頃唯一彼氏がいる皆実は参加しない事も多くて、羨ましさ半分、興味本位半分で皆実の話をよくしてた。
「それ、本当なの?」
思わず大きな声を上げてしまった私に、日焼けしてショートカットだったハルが反応した。

「皆実の話……? 私も聞いた。高校じゃ、女たらしで有名だとか……」
「どういうこと? その人、何て名前なの?!」
思わずハルに詰め寄った私に「落ち着きなよ」とナツミが肩に手を置いた。

白色のブレザーに混じって、紺色のセーラー服で裏門をくぐる。先生に見つかったら追い出されると思って、目立たない階段を駆け上がった。

2階の踊り場で柄の悪い男の人たちに囲まれて、助けてくれたのがあの人だった。
背が高くて、真っ直ぐ下ろした前髪にアイラインを引いたようなくっきりとした二重の瞳、鼻筋が通ってて薄い唇の、誰が見てもイケメン。

ん? 何かそんなこと、前にも思ったことがあるような……?
だけど……決してその人はいい人なんかじゃなくて。
柄の悪い人たちから逃げてたどり着いた屋上で、私は彼の名前を聞いた。
……私が探しに来た皆実の元彼。

どうして皆実を傷つけたのかって聞いたら、困ったみたいな笑顔で答えたんだ。
「初めから本気じゃなかったんだ。ごめんね」
「友達を傷つけるなんて許せない」って睨んだ私に、その人は急に冷たい無表情になったんだ。

「友達のせいでさっきあんな目に遭ったくせに。俺が助けなかったら、あいつらにヤられてたぜ、お前。どうせヤられてたんだから、ここで俺がヤってやろうか?」

さっきの笑顔は作り物だったんだと思うような冷たい目で私の手首を掴んで私を壁に押し付ける。
「たかが友達の為にこんなとこまで来るから危ない目に遭うんだよ。馬鹿じゃねーの。ほら、逃げれば」
上から見下ろして手首を開放し、鼻で笑う。

逃げた方がいいことくらいわかってた。別に皆実に頼まれて来た訳でもないし、ここで何も言えず逃げたって誰も私を責めたりしない。
……でも。
やっぱり一言言ってやらないと気が済まない。

私は右手を振り上げて、思いっきりそいつの横っ面をひっぱたいた。私が泣きながら逃げていくとでも思ったんだろう。予想外の抵抗に相手は呆然としてた。