「いらっしゃいませ。ご予約の春野様ですね。お待ちしておりました」
恭しく頭を下げた後微笑んだ隼人さんは目を奪われるほどに格好良くて、普段私の前で見せる気怠い雰囲気や偉そうな様子はこれっぽっちも感じられない。

大きな背中を追いかけていたら、夜景の見えるボックス席に案内された。
「すっごく綺麗……」

目的も忘れて呟いたら耳元で「今度二人で来るか。皆に冷やかされるだろうけど」なんて囁かれる。「か、からかわないでよ」というか細い声は「すいませーん」という他の客の声でかき消されて、私は置いてきぼりを食らう。

「隼人さん格好いいね。桜ちゃん心配なんじゃない? なーんてね、冗談だよ」
緊張を抑えて和香が雰囲気を和ませようとするけれど、隣の女性グループの声が耳に入る。

「あの店員さん格好いいよね」
「大学生くらいだよね?」
「声かけてみてよ」
「えー、無理だよ。彼女いるでしょ」
「わかんないよ。今度コンパしませんか、とか言ってみたらいけるかも」

あの店員さんって、隼人さんの事だよね。
やっぱりモテるんだ。
何で私なんかと一緒にいるんだろう。

付き合っているのかどうかもよくわからないのに焼きもち焼く立場でもないんだけど。
っていうか今はそれどころじゃないし。

悶々と独り言を呟いていたら、「何しに来たんだよ」
尖った声と共に飲み物が運ばれてきた。

「龍ちゃん……」弱々しい和香の声を無視して乱暴にドリンクを置くと背を向ける龍君。
途端に私たちの空気は重くなる。

「大丈夫だよ。和香」
何が大丈夫なのか自分でもわからないけれど、こう言っていないとダメな気がした。スローモーションのように流れる時間の中で私は一方的に話続けてた。何を話したのかなんて全く覚えていないけれど、喋らないと不安で。
和香もずっと生返事だった。

龍君のバイトが終わる前に店を出て、隼人さんに教えてもらった従業員入り口の前で待っていると「……何?」
半ば隼人さんに引きずられる形で、ふて腐れた顔の龍君がやって来た。

気になるけど、後は和香に任せよう。私も嘘をついたことは謝らなきゃいけないけど、それは龍君と和香の話が終わってからだ。

「話、したいの」震える声で、でもしっかりと龍君の手を掴んだ和香を横目に、「じゃ、行くか」私は隼人さんに手を引っ張られた。