「着きましたよ」
運転手さんの声に考え事は中断された。
タクシーの中、私に隼人さんのことを気にする余裕はなかったけれど、彼も一言も喋らなかった。
ガラス越しにポツリと座り込んでいる人影が目に入って、タクシーに駆け寄ってくるのを見てそれが和香だと気づく。
「桜ちゃん、……隼人さんと一緒だったの? ごめんなさい」
先に降りた隼人さんを見て、うさぎの目の和香が俯いた。
「俺は帰るわ。桜、何かあったら電話しろよ」
「うん、ありがとう」小さく頷いて頭を下げると、和香が「あのっ」と震える声を上げた。
「水無月さんも、話……聞いてくれませんか?」
同じワンルームだけど私の家よりは広い和香の部屋。
こじんまりとした2人掛けのピンクのソファーに腰を下ろす。
ピンクと白でまとめた部屋はいかにも女の子の部屋、という様子で隼人さんは居心地が悪そう。足を踏み入れる度幸せオーラが漂うこの部屋が、今日はいつもより暗く見えた。
電話の時よりは随分と落ち着いた和香が、「さっきはごめんね。頭真っ白になっちゃって……」と力なく笑う。
「いいよ。どうしてこうなっちゃったの?」
「今日ね、龍ちゃんとデートだったの。この前桜ちゃんと行った大学の近くの生パスタが美味しい店。そこで美紀に会って……美紀ってばなんであんなに口が軽いのかな。それがなければいい子なのに」
確かにそれは私も同感。思いついたことは何でも口に出しちゃう美紀を思い出して私もため息。原因は美紀だったのか。ちゃんと口止めしとけばよかった。
「よりによって龍ちゃんに、この前は無理やり合コン誘っちゃってごめんなさいって……龍ちゃん、すごく怖い顔してた。どういうことって詰め寄られて……私……」
「もしかして、隼人さんの事も言ったの!?」
思ったより早口になってしまい、和香の肩がびくんと揺れる。
脳裏には寂しそうな龍君の笑顔だけが浮かんで、頭のてっぺんから血の気が引いていく心地がした。
一番大切な人に嘘をつかれたって知って龍君どんな気持ちだったんだろう。あの時は二人の為だと思ったけど、私も龍君に嘘をついた。龍君が私の事も友達として大切に思っていてくれたなら……彼女と友達に裏切られて、苦しかったよね。傷ついたよね……。
龍君……。
隼人さんに小突かれて我に返る。
彼は何も言わなかったけれど、視線の先には俯いた和香がいた。
これ以上和香を動揺させるなんて、私、本当にダメだな……。
「あ……ごめん」反射的に謝った私に、一段と小さくなって和香がうなだれた。
「うん……あの日の事は全部。二人にはあんなに協力してもらったのに……本当にごめんなさい」
「私こそ、馬鹿だ……安易な嘘をついて、龍君のこと傷つけたんだ。
和香、ごめん、私のせいだよね」
後悔の波に襲われて、勝手に流れ落ちる涙は止めようがなかった。
「そんなこと、ない。桜ちゃんは悪くないよ……私が浅はかだったんだよ……。
龍ちゃん……ぐすっ……」
嘘はばれちゃダメなんだ。絶対に絶対にダメなんだ。
相手を傷つけたくなくてついた嘘なら、一生つき通す覚悟が必要だったんだ。
龍君の悲しむ顔を見たくなかったのに、素直に和香が謝った方が、龍君を傷つけずに済んだんだ。私……本当に馬鹿だ……。
「ほんっと、馬鹿だな」
このまま何時間でも泣いてしまいそうな二人に、冷たい言葉を投げかけたのは隼人さんだった。
「いくら泣いても解決しねーよ。龍は明日10時までバイト。何があっても休んだりするようなやつじゃないだろ。言いたいことがあったら直接言えよ。失いたくないならあいつの前で泣けよ。ここで泣いてたって伝わらねーだろ」
……そんな簡単にいかないよ。
厳しい言葉……でも、その裏側に隼人さんなりの優しさがあることはもうわかってる。
泣いてたって気持ちは伝わらないんだ。口に出さなきゃ伝わらないんだ。
いつから私、友達にも龍君にも本当の事が言えなくなったんだろう。
龍君と和香なら……まだ間に合う気がする。
「明日、行こうよ。和香」私は彼女の肩を掴んだ。
運転手さんの声に考え事は中断された。
タクシーの中、私に隼人さんのことを気にする余裕はなかったけれど、彼も一言も喋らなかった。
ガラス越しにポツリと座り込んでいる人影が目に入って、タクシーに駆け寄ってくるのを見てそれが和香だと気づく。
「桜ちゃん、……隼人さんと一緒だったの? ごめんなさい」
先に降りた隼人さんを見て、うさぎの目の和香が俯いた。
「俺は帰るわ。桜、何かあったら電話しろよ」
「うん、ありがとう」小さく頷いて頭を下げると、和香が「あのっ」と震える声を上げた。
「水無月さんも、話……聞いてくれませんか?」
同じワンルームだけど私の家よりは広い和香の部屋。
こじんまりとした2人掛けのピンクのソファーに腰を下ろす。
ピンクと白でまとめた部屋はいかにも女の子の部屋、という様子で隼人さんは居心地が悪そう。足を踏み入れる度幸せオーラが漂うこの部屋が、今日はいつもより暗く見えた。
電話の時よりは随分と落ち着いた和香が、「さっきはごめんね。頭真っ白になっちゃって……」と力なく笑う。
「いいよ。どうしてこうなっちゃったの?」
「今日ね、龍ちゃんとデートだったの。この前桜ちゃんと行った大学の近くの生パスタが美味しい店。そこで美紀に会って……美紀ってばなんであんなに口が軽いのかな。それがなければいい子なのに」
確かにそれは私も同感。思いついたことは何でも口に出しちゃう美紀を思い出して私もため息。原因は美紀だったのか。ちゃんと口止めしとけばよかった。
「よりによって龍ちゃんに、この前は無理やり合コン誘っちゃってごめんなさいって……龍ちゃん、すごく怖い顔してた。どういうことって詰め寄られて……私……」
「もしかして、隼人さんの事も言ったの!?」
思ったより早口になってしまい、和香の肩がびくんと揺れる。
脳裏には寂しそうな龍君の笑顔だけが浮かんで、頭のてっぺんから血の気が引いていく心地がした。
一番大切な人に嘘をつかれたって知って龍君どんな気持ちだったんだろう。あの時は二人の為だと思ったけど、私も龍君に嘘をついた。龍君が私の事も友達として大切に思っていてくれたなら……彼女と友達に裏切られて、苦しかったよね。傷ついたよね……。
龍君……。
隼人さんに小突かれて我に返る。
彼は何も言わなかったけれど、視線の先には俯いた和香がいた。
これ以上和香を動揺させるなんて、私、本当にダメだな……。
「あ……ごめん」反射的に謝った私に、一段と小さくなって和香がうなだれた。
「うん……あの日の事は全部。二人にはあんなに協力してもらったのに……本当にごめんなさい」
「私こそ、馬鹿だ……安易な嘘をついて、龍君のこと傷つけたんだ。
和香、ごめん、私のせいだよね」
後悔の波に襲われて、勝手に流れ落ちる涙は止めようがなかった。
「そんなこと、ない。桜ちゃんは悪くないよ……私が浅はかだったんだよ……。
龍ちゃん……ぐすっ……」
嘘はばれちゃダメなんだ。絶対に絶対にダメなんだ。
相手を傷つけたくなくてついた嘘なら、一生つき通す覚悟が必要だったんだ。
龍君の悲しむ顔を見たくなかったのに、素直に和香が謝った方が、龍君を傷つけずに済んだんだ。私……本当に馬鹿だ……。
「ほんっと、馬鹿だな」
このまま何時間でも泣いてしまいそうな二人に、冷たい言葉を投げかけたのは隼人さんだった。
「いくら泣いても解決しねーよ。龍は明日10時までバイト。何があっても休んだりするようなやつじゃないだろ。言いたいことがあったら直接言えよ。失いたくないならあいつの前で泣けよ。ここで泣いてたって伝わらねーだろ」
……そんな簡単にいかないよ。
厳しい言葉……でも、その裏側に隼人さんなりの優しさがあることはもうわかってる。
泣いてたって気持ちは伝わらないんだ。口に出さなきゃ伝わらないんだ。
いつから私、友達にも龍君にも本当の事が言えなくなったんだろう。
龍君と和香なら……まだ間に合う気がする。
「明日、行こうよ。和香」私は彼女の肩を掴んだ。

