ダウンジャケットにマフラーまで巻いて、鈴たちはトラクターに乗って現場に向かった。
源希は手際よく軽トラとトラクターにロープをかけると、鈴が想像していたよりもずっと簡単に軽トラを引っ張り上げてくれた。鈴はただ、言われたとおり運転席に座って、タイヤが引き上げられる衝撃で曲がろうとするハンドルを、まっすぐに抑えていただけだ。
「源希先輩、すごい……! 見直しました! なんでもできるんっすね」
「田舎の男はこんなもんだろ。兼業農家だったりすると、どうしてもな」
「あれ、先輩んちも農業も?」
確か実家の宗玄寺は高見原地区唯一の寺で、父は住職、母は主婦だったような気がしたのに、と鈴は思い出す。
「叔父さんの田んぼを去年から手伝ってる。腰が悪いんだと。あそこんち、他に男いねえから」
「ああ」
サラリーマン家庭出身だったら退勤後や休日は自由時間なのに、下手に田畑を持ってる家に生まれると大変だな、と考えたあとで、鈴はそれが全く他人事ではないことに気付いた。鈴の両親は高見原で造園業と植木苗作りをしている。働けなくなったら廃業するだろうけれど、父か母が一時的に体調を崩しでもしたら、手伝い要員の筆頭が市内に残っている鈴なのではないか。
それにしても、今までトラクターの騒音も、運転をするおじさんやお爺さんにも何とも思わなかったのに、明日からこの煩いエンジン音にときめいてしまいそうだ、と鈴は思う。
最近見ることの減った同乗スペースのないトラクターのボンネットに腰かける野良着ばっちりのお婆さんのことも、田舎の景色の一部くらいに思っていたのが、なんだか急に「お爺さんの仕事をけなげに手伝う女の人」「仲の良い夫婦」みたいに思えてくるのだから、変なものだ。
