テンポラリーラブ物語


「なんだ、じろじろ見て。俺の顔になんかついてるのか」

「はい。目と鼻と口が」

「眉毛もだろ。忘れるな」

「そうでした。すみません」

 呆れるような古典的な返しですら、こんな反応が返ってくるとは思わず、冗談が通じる人なのか通じない人なのか分からなくなる。

 まだ油断ならぬものも感じ、今にも落ちそうな吊り橋を渡るように、ハラハラとドキドキが一気に押し寄せた。

 
 氷室もまた自分のやっていることがこれでいいのか、自信がもてないでいた。

 なゆみが支店に出向いて戻ってくる間に、邪魔ものの従業員を先に返したのは、少しでも二人きりになりたいと思ったからだった。

 英会話学校が休みと聞いて、思いつきで食事に誘ってみたが、貸しがあるだの、腹が減ってるだのとごちゃごちゃ理由をつけたのは男らしくない。

 本心は一緒に仕事ができなかったために、側にいる時間が少なくて寂しかったからであった。

 なゆみが言った『寂しがりや』は本当は当たっていた。

 小学生に上がった頃、母を亡くし、父はそのあと再婚してそして弟ができた。

 その後、弟ばかりがかわいがられ、親の愛情に飢えていたのかもしれない。

 思春期は絵に描いたような反抗期。

 誰にも頼らずに自分の力だけを信じて勉強も頑張ってきたつもりだった。

 自分は何でもできる、努力は報われるなどと思っていたが、自信過剰な奴に限って困難にぶつかるとあっさりと挫けてしまう。

 結局は弱い人間。

 自分を否定し続けることしかできない。

 それなのに、なゆみに出会ってから、それが間違ってると思い知らされる。

 困難にぶつかっても、当たり前のように素直に真っ直ぐ突き進む姿を見せられては、昔の自分の姿を思い出せといわれているようだった。

 俺はこいつが必要なのか──

 氷室もまたなゆみをじっと見ていた。