テンポラリーラブ物語


 事務所と言われた場所に足を踏み入れると、中から女性スタッフが、大げさに喜びの声をあげて、なゆみに寄って来た。

「いらっしゃい。ようこそ」

 大歓迎の嵐だった。

 その部屋の中は、喫茶店のように小さなテーブルと椅子がセットになっていくつも並べられていた。

 他にも誰かがすでに座って何かを真剣に話し込んでいる姿が目に付く。

 まるでセールスのトークを受けているような印象だった。

 ここは一体……

 なゆみはごくりと唾を飲み込んだ。

 どうぞと奥のテーブルに手を差し出され、なゆみは言われるままに座った。

 そのなゆみの前に柳瀬とジョンも腰掛けた。

 一体何が始まるんだろうと警戒心を持っていたが、他愛無い世間話を笑顔で楽しく話すから、なゆみもそれに合わせようとして笑顔を見せていると、知らずと雰囲気に飲まれて行く。

 心の中は不安定で、楽しむべきなのか、疑うべきなのか、どっちにも転びそうな位置に、がたがた震えて立っているような気分だった。

 その時テーブルの上に紅茶とケーキが出され、まるで喫茶店の中にいる錯覚を覚える。

 もしかして、無理やりお金を取ろうとするぼったくり商売にでもひっかかってしまったのかと、血の気が引いた。

「さあ、遠慮なくどうぞ」

 薦められても、とりあえずは断ったが、しつこいくらいに何度も「さあどうぞ、さあどうぞ、さあどうぞ」といわれると無理にでも折れさせられた。

 なゆみの顔は引き攣りつつも、頭を軽くさげ、頂きますととりあえず紅茶に手をつけた。

 一口飲んだところで勇気を出して質問する。

「あの、私は一体何を」

「何も緊張することないですよ。ここの人たちは皆いい人ばかりで、楽しいところなんですよ。宣教師もいるので英語を話したい人も気軽に遊びに来られたりします。なゆみさんもちょうどいいじゃないですか。英語の勉強になって」

 なゆみは「へっ」と軽く声を出すが、心の中は早く帰りたくてたまらない。

 とりあえず適当に相手して、そそくさ帰ろうと気持ちを固め、先ほどから勧められていたケーキにも手をつけた。

 イチゴが乗ったオーソドックスなショートケーキは、お昼もまだだったなゆみには美味しく感じてしまった。

 それを食べてしまったために、余計に強く出れない義理を感じ、話は思いもよらない方向へ進んでいった。