テンポラリーラブ物語

 変な空気が流れ、氷室も落ち着かず、部屋の隅に設置してあった革張りの椅子にどさっと無造作に腰掛けた。

「あのな、俺だからよかったけど、これが他の男だったらどうなってたかくらい想像を働かせてこれから飲め」

「す、すみません」

「失恋してやけくそになっていたんだろ」

「……」

「隠さなくてもいいよ、大体のこと分かってるから。昨日お前の友達が店に顔を出したよな。あいつだろ」

 なゆみは観念したように首を縦に一振りした。

「とにかく、落ち着くまでどっか座れ」

「はい」

 なゆみはベッドの端に腰掛け、しょぼんとしょげて縮こまると、氷室もまた疲れが出てきて、細い溜息が漏れた。

 あまりに静かになり過ぎると居心地が悪く、たまりかねてなゆみは心境を吐露してしまった。

「今朝、氷室さんに言われたあの言葉、その通りです。私、告白もしてないんですけど、てっきりいい仲になってるって思い込んでたんです。だけど彼に彼女がいることを知ってしまって、それで悲しくて昨日の夜はつい泣いてしまって、目が腫れました」

「そして、飲みに行く前に、そいつが彼女と歩いているところを見てしまった」

「えっ、どうして知ってるんですか」

「俺も奴の顔覚えてたんだよ。そして隣に女性がいたし、お前の態度見てたらすぐにわかったんだよ」

「氷室さんって洞察力ありますね。いつもきついこといって人を不快にさせますけど、本当のことで当たってるし」

「それって一応褒め言葉なのか。それとも迷惑行為ってことなのか」

「どっちも当てはまってるかも」

「おい、調子に乗るな」

「すみません」

「もういい、謝るな。俺もお前に謝らないとな。今朝、辛いときにきついこと言ってすまなかった」

 言葉は謝罪だったが、態度はどこかまだ素直になれず、子供が恥ずかしさのあまり、そっぽを向いて口を尖らしいるような話し方だった。

 それでも氷室にしては精一杯の陳謝だったから、なゆみは素直に受け入れた。