テンポラリーラブ物語


 便座を上げたトイレの前。

 なゆみは我慢していたものを吐き出した。

 胃がひっくり返って上に登ってくるような苦しさと、出てしまうものは仕方がないあっぱれな勢いに、何も考えられなくなっていた。

 氷室は顔を背けながらも、なゆみの背中をさすっている。

 悲惨な戻す音が聞こえると反射的に顔が歪んだが、慣れない酒を飲み、自棄になったところは同情して哀れみを誘う。

 堂々と目の前で吐いていても、なんだか愛しいような感覚を覚える。

 弱りきって醜態を見せられると益々放って置けなくなった。

 氷室は何も言わず、適当にレバーを引いて、何度と流してやる。

 吐くことは何も恥ずかしいことじゃないんだと、さらになゆみの背中をさする手に力が入った。

 胃の中が空っぽになれば、吐き気は止まり、なゆみはやっと落ち着いた。

「大丈夫か」

 氷室に声を掛けられ、首を縦に振って知らせると、体を支えられて洗面所に連れて行かれた。

「ほら、顔でも洗え」

 なゆみはいわれるまま、水を出し、勢い付けて流れる蛇口の水をすくって顔をジャブジャブ洗い出した。

 横からさっと差し出されたタオルを手に取り、なゆみは顔をぬぐった。

「どうだ、少しは楽になったか」

「はい。どうもすみません。でもうまい具合にトイレに駆け込めてよかったです」

「そっか、それはよかった。例えここが、ラブホテルでもな」

「えっ?」

 さらりと言われ、辺りを見回せば、ようやくその事実に気が付いた。

 清潔感溢れる空間。

 全体の色がマッチしたテーマを帯びたインテリア。

 そして何より部屋の真ん中にどでーんと大きなベッドが存在感を一番出していた。

 驚きすぎて固まっているなゆみに、ため息を漏らしながら氷室は言った。

「安心しろ、襲わん! それに用が済めばすぐ出て行く」

「あ、あっ、そ、その」

 成り行きとはいえ、初めて来てしまった事に動揺してしまった。

 ついじろじろとベッドを見つめ、目が離せなくなってしまった。