テンポラリーラブ物語

 宴もたけなわ、一番年上でこういう酒の場に慣れてるところを見せたいおっさんの川野が、『無礼講、無礼講』と調子に乗って叫んでいる。

 純貴と美穂は自分たちの世界をテーブルの端で作り、氷室は時々千恵から話を振られて適当に相手していた。

 残りの者は好き放題に喋て笑い声を飛ばしていた。

 なゆみはすでに三杯目のお酒を飲んでいるところだった。

 酒の経験は乏しいので、人生で一度にそれだけのお酒を飲んだのは生まれて初めてだった。

 しかも下戸ときているから、必要以上に少量で酔う体質だった。

 そんな自分の限界もわからずに、無茶して飲んでいるために、顔は熱く沸騰していた。

 べろべろというほど酔ってはいなかったが、氷室の目には相当やばいように映る。

 そしてお開きの時、なゆみが立ち上がって初めてそこで自分がふらついていることに気がついた。

 誰かがなゆみを支えた。

 「あっ、ありがとうございます」と顔を上げたときそこには氷室が立っていた。

 抵抗もせず、ぼーっと訳の分からない様子で氷室の顔をなゆみは見ていた。

 大人しく自分に支えられている姿は、正常じゃない状態だと氷室にはひしひしと伝わった。

「お前、家に帰れるのか」

「えっ?」

「仕方がねぇな。タクシーで帰れ。乗り場まで送ってやるよ」

「あっ、どうもすみません。タクシーですね。タクシーですか」

 他人事のように、訳もわからずに呟くなゆみに、氷室は苦笑いになっていた。

「ほら、歩け!」

 馬鹿な犬に向かってリードを引っ張り、散歩に連れて行こうとしている飼い主の気分だった。

「へへへへへ。氷室さんやっぱり怖い」

 気持ちが大きくなったなゆみの口から出た何気ない言葉だったが、そこに本心が含まれているのが読み取れる。

「チェッ」とつい舌打ちをしてしまった。

 正直に言われて苛立ったわけではない。

 自分が怖がられているのはわかりきったことだった。

 そんなことよりも、ここまで酔わせるように仕向けたジンジャに怒りの矛先を向けていた。

 一途になゆみに惚れられていただけで嫉妬も湧くし、忘れようとしながら酒を飲んだなゆみのいじらしさがもどかしい。

 そして自分は怖がられた存在で入り込めずにいる。

 この酔っている時だけはせめて自分を頼って欲しいと、正体がなくなったなゆみを支えながら、どこかで期待している自分が卑怯に思えてならなかった。

 それでも氷室にとって、酒という魔法にかかってしまったなゆみの傍に居られるのは、少しドキドキとしてしまう。

 酔いが覚めた時、なゆみはきっとわかりやすいほどに、嫌がることをわかっていても、この時は優しくしてやりたかった。