テンポラリーラブ物語

 なゆみはさっと着替えを済ませ、できるだけ氷室に顔をみられないように朝の掃除に取り掛かった。

 スプレー式のクリーナーを片手にせっせとショーケースを覗き込むように掃除している。

 できるだけいつものまぶたに戻るための時間稼ぎをして、それまでは誰にも顔を見られたくないささやかな抵抗だった。

 しかし、それも無駄に終わり、氷室が話しかけると顔を上げざるを得ない。

 なゆみの顔を見るや否や、氷室はぎょっと目を見開き、露骨に驚いていた。

「おいっ、お前その顔どうした。まるで別人だぞ」

「やっぱりまだ腫れてますか」

「腫れてるって、お前もしかして泣いたのか?」

「うーん、そのなんていうか、色々とありまして。気がついたらこうなってました。私もびっくりです」

「一体何があったんだ」

「だからその色々です。さて、仕事頑張ります」

 必死にその話題を避けようとするなゆみに対し、氷室は知りたいとばかりに追求してしまう。

 自分がなぜこの日いつもより早く出勤してしまったか、氷室もまたもやっとした感情を抱いて自然とそうなっていた。

 少しでもなゆみと二人っきりで話がしたい。

 そういう感情が知らずと湧いていた。

 特にジンジャがここに現れてからは、氷室はなゆみの変化には敏感になっていた。

 だから聞かずにはいられなかった、なゆみが一番話題にしたくない話を──

「もしかして、昨日英会話学校でなんかトラブルでもあったんだろ。例えば好きな男に振られたとか」

 回りくどく曖昧に聞くよりも、氷室は自分らしく憎まれ口を叩くようにストレートに言った。

 だが氷室の言い方は意地悪く、馬鹿にした態度にも見えたかもしれない。

 忙しく拭き掃除していたなゆみの手がピタッと止まった。

 鋭い洞察力。

 触れられたくない羞恥心。

 痛い所をもろに突かれて、心臓がドクドクと激しく波打つ。

 逃れられないところに追い詰められた気分だった。

 氷室のような冷血漢の前では、隠し通すこともできず、なゆみは反対に質問をぶつけて突っかかった。