テンポラリーラブ物語

 積極的ななゆみは、ここでも物怖じしない。

 バイタリティ溢れる行動力で、思うように突き進んでいた。

 だが、それが必ずしもいいことばかりではなく、時々厄介ごとも運んできてしまう。

 なゆみは疑うことなく、誰にでも気軽にしゃべってしまうので、変な奴が付きまとうという問題も引き寄せていた。

 それでも対処の仕方を知らずに、ここでは英語の勉強だといいように考えるために、つい相手してしまい、危機感が全くない。

 気がついたときは手遅れだった。

 
 その日の授業が終わった後、テーブルと椅子が沢山置かれたパティオと呼ばれる中庭で、なゆみは友達と適当に会話をして楽しんでいた。

 いろんな国の人が溢れては、国籍関係なく皆気軽に話を交わしている。

 習慣や文化は違うが、目的は英語を学ぶというだけで、親近感を抱き、国を超えて皆このひと時を大いにエンジョイしていた。

 なゆみもその中に混じって大声で笑っている。

 しかしそこにアイツが来てしまった。

 一度バス停で声を掛けられ、喋っただけでもう友達気取りをされて、それから何度も顔を合わす羽目になった人物。

 別の大学の生徒なのに、なゆみが通う大学にまで現れるようになってしまった。

 見かけは決してかっこいいとはお世辞にも言えない白人だった。

 アメリカで全く地元の女性に相手にされてないのか、なゆみが屈託のない笑顔を見せたばかりに、懐いてしまった。
 
 なゆみの影響で日本人女性にすっかり興味をもってしまって、日本人女性ばかりに声をかけるものだから、ここのキャンパスでも気持ち悪いと敬遠されて要注意人物と皆が噂し合っている。

 皆は露骨に嫌な顔をするために、そいつはそれ以上近寄らないが、なゆみの場合だけは違った。

 一番仲のいい友達だと勘違いしていた。

「なゆみ、ほらまた来たよアイツ」

 仲良くなった日本人の友達、聡子が知らせてきた。

「あっ、ほんとだ。マークだ。聡子、どうしよう」

「なゆみがはっきり嫌だって意思表示しないからだよ」

 自分は巻き込まれたくないため、マークが近づくと聡子はすっーと逃げた。

 しかしなゆみは逃げられないで、その場に立ち竦む。

「ハーイ、ナユミ」

 マークが笑みを添えてなゆみの側にやってきた。

「(マーク、ここで何してるの?)」

「(なゆみに会いに来た)」

「(でもここはマークの学校じゃないでしょ)」

「(君に会いに来ちゃだめなのかい? 僕達は友達だろ?)」

 ストレートにイエス、ノーの質問をされると、ノーとはなゆみは言えなかった。

 またずるずると言えずに適当に相手することになりそうだった。

 そしてどんどん、深みにはまって行く。

 なゆみはこんなとき氷室がいてくれたらと強く願ってしまった。

 そしたら氷室の背中の後ろに隠れて、守ってもらえる。

 何かあるとどうしても氷室を思い出さずにはいられない。

 なゆみはやっぱりここでも自分で解決しようと、無理をして頑張ろうとする。

 またこの日も英語を話すためだと、マークと付き合う覚悟を決めて、我慢を決め込んだ。

 すると視界が大きな塊に急に遮られ、目の前に熊が現れたように思えた。

 その背中は大きく、見覚えがあった。

「(申し訳ないが、君、なゆみに付きまとわないでくれるか)」

 聞き覚えのある声が耳に入る。

(この人誰?)

 なゆみはそっと回り込んで前の人物を見た。

 そして息が止まるほど驚いた。

「ひ、ひ、ひひ……」

「おい、俺はヒヒか」

「氷室さん! なんで、どうして、ここに居るの?」

「居ちゃ悪いか」

「そ、そんな、だってここカリフォルニアだよ」

「だから、それがどうした?」
 
 なゆみはもう何がなんだか分からず、ただ取りとめもなく涙が零れ落ちた。

 そしてなりふり構わず、沢山の人が居るのも忘れて氷室に無我夢中で抱きついた。

「おいおい、まあ嬉しいけどな」

 氷室も力を込めて抱きしめ返す。

 ずっとそうしたかった思いが凝縮されて、しっかりとなゆみを自分の腕の中に深く包み込んでいた。

 もちろん氷室も満面の笑みを浮かべている。

 ハートが一杯飛び交うような甘い空間が出来上がり、そこだけほんわかとした優しい色となって、二人は誰の目からも恋人同士に見えていた。

 それに当てられたのかマークは気まずい思いを抱いて、自然にどこかへと消えていた。