テンポラリーラブ物語

 その夜、幸江を名の知れたホテルのロビーに呼び寄せた。

 氷室が着いたとき、すでに幸江は待っていた。

「すみません、お待たせして」

 氷室は真剣な表情を幸江に向けた。

 広々とした吹き抜けのある、ホテルの一角のカフェエリアで、二人はコーヒーを囲んでお互いを見詰め合った。

 氷室がどのように話そうか、下を向いては言うタイミングを見計らっている。

 幸江は何も言わずにずっと氷室の出方を待っていた。

 氷室は覚悟を決めた。

「幸江さん!」

 背筋を伸ばして、彼女の名前を呼び、そして真面目な顔つきで一語一語誠実さを込めて幸江に話した。

 幸江は落ち着きを払い、氷室の言葉に耳を傾け、氷室が話し終わるまで聞いていた。

 少し間を空けた後、いつ言われても準備ができていたように静かに「はい。わかりました」と呟いた。

 同意した表情を氷室に返して、控えめに微笑していた。

 氷室の言葉を素直に聞きいれた幸江は、背筋を伸ばして、しっかりと氷室を見つめていた。

 氷室の方がなんだか面映く下を向く。

「幸江さん、今度幸江さんのご両親にもきっちりとご挨拶に伺います。私の口から報告させて頂きます」

「はい」

 幸江は氷室に全てを任した。

 氷室も緊張で顔が強張っていたが、少しほっとした表情になって「ありがとう」と幸江に伝える。

 これが自分の決めたことだと納得して、氷室はカップを手にしてコーヒーをゆっくりと飲みだした。

 幸江も合わせるようにコーヒーを飲み、二人は談笑をして和やかな雰囲気になっていた。

 幸江もまだ実感がわかないままだったが、氷室から目を離そうとしなかった。

 じっくりと見据えて、凛としていた。

 氷室は、幸江とこんな風に話したことがなかったと、幸江の真の部分を初めて見たように思えた。

 そのときの氷室の目には幸江はしっかりとした聡明な女性として映っていた。

 氷室も全てを受け入れた。

 それらは自ら判断して決めてしまったこと。

 これからは後には引けない。

 一心不乱に、この先のことに集中する。

 これから始まることだけに──。

 氷室の決意は固かった。