テンポラリーラブ物語


 次の日の月曜日。

 氷室は出勤してもどんよりとして口数は少なく、仕事も投げやりに荒っぽくキーボードを叩いていた。

 時々従業員の女の子が話しかけるが、全く無愛想に対応し、口をきかなければ良かったと皆を後悔させるほどに態度が悪かった。

 睨みを利かした目で見つめられれば、怒ってるとしか思えない。

 用事があるときは腫れ物に触るように、どの従業員も、神経を尖らして氷室に接していた。

 よっぽどのことがなければ近寄りたくないと、女の子達はできるだけ距離を置いて避けていた。

 氷室は黙々とデスクで仕事をこなすが、溜息の数が多すぎて、その周りがどんどん曇っていきそうだった。

 純貴が見るに見かね、熱い茶を入れた湯飲みを氷室のデスクに置いた。

「おい、コトヤン、なんか疲れてる? 少しは息抜きでもしたらどうだ。なんかピリピリしすぎて周りの者が怯えてるぞ」

「えっ、それは大げさだろ」

 全く自分が何をしているのか自覚を持ってない氷室は、純貴から苦言を呈されてやっと気がついた。

 落ち着こうと、純貴が入れてくれたお茶に氷室は口をつけた。

「もしかしたら、斉藤さんが辞めたことが関係してるのか?」

 純貴にストレートに言われ、氷室は思わずお茶を吹いてしまっては、誤魔化そうと熱くて飲めなかったことにしておいた。

 結構わざとらしい。

「馬鹿いえ、そんなことじゃないよ」

 氷室が言いにくいことを言うときは常に口先が尖る。

「じゃあなんだよ」

 はっきりしろと純貴の声が少し苛立っていた。

 氷室は少し小声になりながら、尤もらしい理由を適当に言って話をはぐらかそうとする。

「見合い相手のことさ。父親が早く結婚の意志を伝えろってうるさくてさ、それで本当に結婚してしまうのかなって思ってな」

 これも氷室には悩むところでもあったので、全くの嘘ではなかった。

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって、よく軽々しく言えるな」

「コトヤンも32だろ。いい加減結婚しちまえよ。大したことないぜ」

「おい、純貴」

「結婚したって、気に入ったのが出てきたらバレずに手を出せばいいこと」

「純貴、お前いつか罰当たるぞ。しかもこんなところで話題にする話か」

 氷室は周りを見渡す。

 従業員は接客で忙しそうにしていたので、二人の話には気にも留めてなかった。

「まあそのときはそのときさ」

 どこまでもあっけらかんとしている純貴に、氷室はお手上げだった。

「でもさ、コトヤンだっていつかそうなるかもな」

「俺はそんな風には……」

「おい、だってお見合いだろ。元々好きじゃない女と結婚のためだけに一生を共にするなんてつまんないじゃないか。いつか心から惚れた女が出てきたら、お前も奇麗事なんて言ってられないぜ」

 氷室は黙り込んだ。
 
 一体なんのために結婚するのだろうと疑念が湧き上がる。

 なゆみへの思いを断ち切るため。

 安易に将来の安定を手に入れるため。

 ヤケクソで動いているのは判っているが、全ては後の祭りだった。

 ズズーっとお茶を飲んで、自分の気持ちを濁した。

「純貴、このお茶結構美味だな。どこの茶だ」

「ああ、それ、斉藤さんがもってきてくれた茶だ」

「……」

 氷室はその後、無言でお茶を飲み干した。

 それはまるでなゆみへの思いを飲み込んでしまうようだった。