テンポラリーラブ物語

 その日の昼すぎ、父親から電話が入った。

「コトヤ、いい加減に返事をしたらどうだ。見合いをして付き合うというのはもう結婚を前提としていることだ。幸江さんも26歳だし、焦るところもあるだろう。きっと早くその言葉を聞きたいと思ってるぞ。いつまでも待たせるのは失礼だ。すぐにプロポーズしなさい」

 氷室は言葉の意味を深く考えていなかった。

 父親がまたうるさく小言を言っているくらいにしか捉えていない。

 結婚という事自体軽々しく思えてきた。

 自棄になった勢いで、自分でも馬鹿なことを口走っていると思いながら答えていた。

「そうだな。でも俺、婚約指輪買うほどのまとまった金なんてないや」

「おっ、結婚を意識しているってことなんだな。わかったそれくらいの金、私が出してやろう。幸江さんに親から貰ったなんて言わなければわからないさ。お前が拘るのなら、出世払いで後で返してくれてもいい」

「分かった。今度俺の銀行口座にでも振り込んでおいてくれ」

 電話を切った後、氷室は益々生気が抜けたようになっていた。

「俺、本当に結婚しちまうのか」

 まるで他人事のように思っていた。

 だがこのときの氷室には正常な判断などできる訳がなかった。

 なゆみが去ってしまった後、何もやる気はなく、それならば将来を約束された安易な道を辿った方が楽に思えてきた。

 勢いで結婚して、そして幸江の父親の会社を手に入れて、適当に人生を過ごすのも一つの手かもしれないとそんなことまで考えだしていた。

 リストラにあって落ち込んでいたとき、純貴に勧められて簡単に就職したように──

 困難にぶち当たればいつも逃げ道を探してしまう。

 また同じ道を辿っていく自分が本当の自分に思えてしまった。

「所詮俺は弱い人間さ」

 氷室はキティのマスコットをこのときずっと握り締めていた。