テンポラリーラブ物語

 20分ほど走ったところでタクシーは止まった。

「お客さん、あそこに見えてるあのマンションがそうですわ」

「あ、はいっ」

 なゆみはお金を払い、氷室を引っ張り出す。

「氷室さん、お願い、立って」

「う、うーん」

 氷室は朦朧とした中で、タクシーから降りると、なゆみに支えられふらふらと立ち上がった。

 タクシーはすぐに去って行き、なゆみは氷室を支えながら目の前のマンションを眺めていた。

 5階建てのこじんまりとした建物だが、まだ見かけは新しい。

 この辺りはごちゃごちゃとした雰囲気があり、家や建物が密集している。

 道のずっと先には大通りが横切っているのか、車が行き交っているのが見え、最寄の駅からも近い感じがした。

「ここに氷室さんは住んでるんだ」

 なゆみは自分にもたれかかっている氷室の顔をちらりと見つめる。

「氷室さん、勝手にあがっちゃいますけど、散らかっていても気にしませんから安心して下さいね」

 男の人の部屋など想像もつかないまま、とにかく運ばなければとなゆみは渾身の力を振り絞った。

 9月に入ったばかりとはいえ、まだ夜は湿気が多く蒸し暑い。

 氷室はなゆみには重すぎて真っ直ぐ歩こうにもヨタヨタしてしまう。

 ものすごい重労働をしている気分になりながら必死で進んでいた。

「氷室さん、何階ですか?」

「ん? 適当に……」

「適当にってそんなことできないでしょう」

 なゆみはよろよろとマンションの中に入っていく。

 マンションの入り口のドアを開けて入り込むだけでも一苦労だった。

 入り口近くの壁に郵便受けが並んでいて、そこに氷室の名前をみつけた。

 301となっている。

 三階に違いないと、エレベーターに乗り込んだ。

 氷室は寝ぼけて寝言をいうように「斉藤」と名前を呟いた。

「はいはい」

 なゆみはなだめるように返事をして、適当に相手していた。

 三階について、氷室の部屋のドアの前まで来た。

「氷室さん、着きましたよ。鍵はどこですか」

「カギ?」

 氷室はズボンのポケットあたりを触りだす。

「ここに入ってるんですね」

 なゆみは手を突っ込んでごそごそすると、氷室がくすぐったいとばかりに「ハハハハハ」と笑い出した。

「もう、氷室さん! しっかりして下さい。どうしてこんなことに」

 鍵がいくつかキーホルダーにくっついて出てきた。

 その中から家の鍵らしいものを選ぶ。

「これかな?」

 なゆみはそれを使って部屋のドアを開けた。