テンポラリーラブ物語

 トイレから戻ってきた氷室を担ぐように、片手を自分の肩にまわして歩く。

 背中にはあのリュック。

 そしてキティのマスコットも付いて、それは相変わらず揺れていた。

 氷室は顔をうなだれ気味になり、前髪が目を覆い隠していた。

「氷室さん、吐き気はないですか?」

「ん? それはない。ただいい気分だ。なんか斉藤が側にいるような感じがする」

「ちょっと、私、ちゃんと側にいますよ。大丈夫ですか?」

 ゆっくりゆっくりと歩き、そしてタクシー乗り場に来た時、なゆみはあまりの重労働でぜいぜいと疲れていた。

「すみません。この人乗せて欲しいんですけど」

 タクシーの運転手に声を掛けると、おじさんはあまりいい顔をしなかった。

「いや、酔っ払いを一人で乗せるのは困るんだよね。目的地に着いたときおろして、路上で寝てしまうこともあるからね。最近そういうの多くて轢かれて死んじゃうケース多発してるし」

 なゆみはぞーっとした氷室がそんなことになったら恐ろしい。

「それじゃ私も一緒に乗ります」

「それならいいよ」

 なゆみは氷室を必死にタクシーの後部座席に詰めて、自分も乗り込んだ。

「お客さん、どちらまで?」

「氷室さん、氷室さん、おうちどこですか」

「あっち」

 なゆみは仕返しされている気分になった。

「あのー、お客さん、行き先が分からなければ発車できませんよ」

「あっ、ちょっと待って下さい」

 なゆみはリュックから手帳を取り出し、氷室の住所を探し出した。

「ここ、ここにお願いします」

 その住所を見せると、タクシーのおじさんはすぐに理解して車を発車させた。

 なゆみは、酔いつぶれている氷室をじっと見つめる。

(こんな氷室さん見たことない。いつだってしっかりとして冷静な人だったのに)

 最後の日に酔っぱらった氷室の姿を見せられて、なゆみはどうしようもなく胸が突かれるように切なくなっていた。
 
 そのとき車が大きく角を曲がると、その反動で氷室もなゆみにもたれかかってきた。

 重かったがなゆみは嫌がることなく氷室を受け入れ、体を密着させる。

 それでは足りないとばかりに、なゆみも自ら氷室の方へ首を傾け、さらに氷室の左手を両手で包み込んで目を閉じた。

 その二人の様子を、タクシーの運転手は、ルームミラーを通じてちらりと一瞥していた。