テンポラリーラブ物語

「先ほど出会った女の子ですけど、あの方にコトヤさんのお店の行き方を教えてもらったんです。明るくて笑顔がとてもかわいい子ですよね」

「ああ、そうですね。でもアイツは結構おちょこちょいで無鉄砲なところがあるんですよ。髪も短いから少年と間違われたり、女としての魅力にはかけますが、 確かに笑顔はかわいいです」

 なゆみのことを語っているときは、氷室の目が生き生きとしていた。

 その表情を幸江は静かに見ていた。

 そこへコーヒーが運ばれてきた。

 氷室は何も入れずにカップを手にして、コーヒーをすぐ口にした。

 とにかく間が不自然にならないように、コーヒーを飲むことで、自然な沈黙を試みた。

 幸江は砂糖とミルクを入れ、静かにスプーンでかき回している。

 氷室から一向に話がないと、またなゆみの話を続けた。

「あの方のどんなところが無鉄砲なんですか。見た感じ従順そうでしっかりしてるような印象でしたが」

 氷室はカップを持ちながら、どう話せばいいか考えていたが、色々あり過ぎて、微笑んでいた。

 幸江は氷室のその入り込んだ笑みに疎外感を感じ、目の前の自分の存在を否定されたような気になってしまった。

「コトヤさん、そんなに面白い話なんですか?」

「えっ、いやその……」

 氷室は幸江の前では話せる訳がなかった。

 なゆみが酔っ払って吐きそうになって一緒にラブホテルに入ってしまったこと、その後の支払いで揉めた事、一緒にトンカツを食べながら偉そうなことを言われて自分が暴走してしまったこと、宗教に引っかかってフィアンセのふりして助けたこと、変質者に蹴りを入れて戦ったことなど氷室の胸に全てしまっておきたかった。

 それらを改めて思い出せば、どれだけ自分が振り回されてきたのか思い知らされた。

 しかしそれが振り返れば楽しかった。

「すみません。なんか色々ありすぎてまとまりません」

 氷室は少年のように素朴に笑っていた。

「コトヤさんはその方については楽しそうに語られるんですね」

 ここに居ない女性の話に笑顔を見せる氷室を見るのは辛く、幸江は氷室から視線をそらした。

 寂しさも圧し掛かったように幸江の長い睫毛が下を向く。

「えっ、そ、そうですか?」

 慌てたように氷室はカップを口にする。

 コーヒーの減りが急に早くなった。