テンポラリーラブ物語

10
 氷室と幸江がやってきた店のドアには、本日休業と書かれたサインが掲げられてあり、二人は気まずく顔を合わせていた。

「幸江さん、すみません。休みとは気がつきませんでした」

「いいんですよ。突然私が立ち寄ってしまってそれにお付き合いさせたのが悪いんです」

「折角ですから、コーヒーでも飲みませんか」

 氷室が示した先にはアンティークショップのような古臭い喫茶店があり、この辺りで唯一見かけた店だった。

 年季が入った重たい扉を開けると、そこに設置されていたベルがカランと鳴った。

 足を踏み入れれば、中は全く客がいない寂しげな店だった。

 コーヒーの香りが漂っているが、鼻孔に芳しきというよりくたびれた香りに感じたのは、古びれた店のせいなのか、それとも氷室のそのときの気分を表していたのか、店の中に入ったとき氷室は空虚感にさいなまれた。

 二人は窓際のテーブルに腰を下ろした。

 すぐにその店のマスターが水を運んでくるが、氷室はメニューも確認せずただ「コーヒー」と一言発した。

 幸江もそれに合わせて同じものを頼んだ。

 もう閉店の時間も近づいているのか、客は氷室たち以外誰も入って来る気配がなかった。

 静かなところで二人で交わす言葉も少なく、氷室は辺りを見回して誤魔化した。

 もし目の前になゆみがいれば、きっと彼女を見つめ、彼女のおしゃべりに永遠と付き合っては、この二人だけの空間を自分たちだけの場所として楽しめたのにと、氷室は空想していた。

 だがなゆみはジンジャとその時間を過ごしている。

 虚しさは益々心の中に広がった。

 店のカウンターの端には、恋人同士を形どったかわいらしい陶器の置物が置かれていた。

 それが、先ほど見たなゆみとジンジャの姿と重なってしまい、益々気分が滅入ってくる。

「やはりインテリアが気になりますか」

 幸江は沈黙が居心地悪く、氷室の興味のあることを尋ねてみた。

 だが氷室は一言、「そうですね」と答えるだけでそれ以上話を進めようとはしなかった。

 また沈黙が流れると、氷室はコップを手にして水を一口含みその場を凌ぐ。

 幸江は話が弾まない事に心落ち着かず、無理をして話題を作ろうと、なゆみのことを持ち出した。