テンポラリーラブ物語


 その晩、氷室は電気もつけず、薄暗い部屋の中で床の上に座り、ベッドを背にもたせ掛けて考え込んでいた。

 好きな気持ちが膨れあがって、なゆみのことを考えて心のままに動いても、自分がどうしたいかわからない限り何も発展はなかった。

 なゆみが襲われて心配して抱いてしまったあの時、なゆみもそれに応えていたはずだった。

 トンカツ屋で好きなものは好きと主張した時の、あのなゆみの瞳は確かに氷室を見ていたはずだった。

「もっと自分が踏み込んでいたら流れが変わったのだろうか」

 氷室はぐっと歯を食いしばってしまう。

 氷室自身、最初からどうしようもないと思い込んでは、何もしてこなかったことに気がついてしまった。

 坂井の言葉で、なゆみはジンジャの存在を強く感じて行ってしまった。

 これ以上氷室と関わりたくないとはっきり意思表示して──


 氷室は勢いで携帯電話を取り出して、父親に電話した。

「父さん、あの話その後どうなってる?」

 何度も父親に蹴られた自分の足の痣の具合から、かなり悪い印象を与えてしまったのではと思っていたが、意外にも相手は何も感じておらず、氷室のことをべた褒めしていたと父親が言った。

 自分が、幸江にとって好都合の結婚相手だと思われていると聞かされると、あまりにも滑稽で、電話越しに氷室は嘲笑ってしまった。

「そっか、幸江さんも気にしてなかったか」

「気にするどころか、コトヤをかなり気に入ってたそうだ。どうだ真剣に考えてみないか? お前ももういい年だろ。条件もいいし、幸江さんも美しい方ときてる。申し分ないと思うぞ」

「そうだな。少し考えてみるか。幸江さんの電話番号教えてくれ。電話掛けてみる」

 氷室はメモを取った後、電話を切った。

 自分でも何を血迷っているんだと承知の上だったが、これしかなゆみを忘れる手立てがなかった。

 幸江はその点、年齢も26歳ときている。

 それくらいなら自分の年にも合うだろうと、氷室は幸江に電話を掛けた。

 行動を起こすなら早い方がいい。

 勢いだけで、心は全くついていってなかったが、困惑した状態で幸江の家に電話が繋がった時、もう後には引けないと覚悟した。

 気乗りしないのに無理やり自分を窮地に追い込み、そして成り行きに任せてみる。

 氷室は目をきつく瞑り、腹に力を入れた。

 息詰まった部屋の中、必死に大きく息を吸い込んで、無理して声を出した。