テンポラリーラブ物語


 熱々の一切れを箸でつまんで、ハフッと口に入れたなゆみは、幸せそうに目を細めていた。

 自家製の手作り衣がさくっとしているだけでなく、肉のうまみを最大に引き立たせたような味わいが口いっぱいに広がり、極限状態の空腹ではこの世で一番おいしいものを食べている気分になっていた。

「ここのトンカツ本当に美味しい。衣からして味が違う。お肉も柔らかい」

 なゆみの食べっぷりは見る者も気持ちよかった。

「あの店長のシークレットレシピなのさ。この揚げ方ができるのもあの人だけだろうし」

「さすが他の星から来た王様ですよね。宇宙のエネルギーで揚げた独自の調理法なんでしょうね」

 氷室はなゆみの例えに笑っていた。

 素直に笑ったのは久しぶりかもしれないというくらい、なゆみを目の前にして穏やかな気持ちになっていた。

 冷めた目つきで物事をなめてたように見ていた毎日。

 それなのになゆみと出会ってから、彼女の行動に一つ一つ好奇心が湧きあがった。

 人を好きになるという感情も素直に認めて、高校生に戻ったように、なりふり構わず突っ走る行動を起こしてしまった。

 それがいつの間にか楽しくて、そして失いたくないものに変わりつつある。

(しかし彼女はもうすぐ俺の前からいなくなる)

 ふと手に持っていた箸の動きが止まった。

「どうしたんですか、氷室さん。考え事ですか?」

「いや、なんでもない。ただ……」

「ただ? あっ、わかった」

「えっ?」

「大丈夫です。安心して下さい」

「な、何を?」

 氷室は考えていることがばれたのだろうかとドギマギしてしまった。

「だから、支払いでしょ。ここは私のおごりです。前回、訳も分からず氷室さんが支払ってしまいましたから」

「お前な…… ほんとにアレだな」

「アレ? なんですか、ソレ?」

「いや、なんでもない」

 氷室は下を向いてクククと笑い出した。

 なゆみは首を傾げたが、氷室のいたずらっぽい笑い方がかわいくて、顔が綻んだ。

「氷室さん、ほんとに変わりましたね」

「もう苦手なタイプじゃないと嬉しいんだがね」

「そんな、苦手どころか…… あっ」

 なゆみはその後の言葉を続けられなかった。

 誤魔化すようにトンカツを慌てて頬張っていた。