テンポラリーラブ物語


 ヒヤッと背筋が凍りつき、なゆみは恐ろしさのあまり声が咄嗟に出ない。

 毛穴が開き切ったようにぞっとして、戦慄していた。

 男がナイフを持った手を伸ばしてじりじりと迫ってくると、なゆみも後ずさる。

 給湯室のような狭い場所ではすぐに追い詰められ、逃げ場がなくなった。

 背中が壁にへばりついたなゆみは、極度の緊張感で足ががくがくと震えだした。

「大人しくしろ」

 マスクの下から篭った声と共に、性的に興奮した荒い息遣いが聞こえる。

 そこにナイフを振るように見せつけ、男はなゆみを怖がらせることを楽しんでいた。

 その男は小柄だが、ナイフという武器を印象づけると、いかにも自分の力を誇示していた。

 なゆみは現実に起こっている事とは思えず、気が動転してきた。

 暫し、チカンと対峙し、一触即発の危機に絶体絶命だった。


「遅い。あいつ5分で帰るとかいいながらもう10分経ってるけど、大丈夫だろうか。もしかしたらほんとにこけて倒れてるんじゃないだろうな」

 氷室は胸騒ぎを覚え、様子を見に行った。

 階段を降りている途中で、喧嘩でもしているような大きな声が、突然耳に入って来た。

「ちょっと何するのよ。あんたなんか、あんたなんか。このぉー!」

 なゆみの叫ぶ声だった。

 それを聞くや否や、氷室は一気に階段を下りた。

「斉藤!」

 最後は飛ぶようにジャンプして、給湯室に向かえば、そこから出てきた男とぶつかった。

「なんだお前、ここで何している」

 男は氷室の小脇をすり抜けて逃げていく。

 氷室は追いかけようとしたが、なゆみの事の方が心配で給湯室に駆け込んだ。

「おい、斉藤、大丈夫か!」

 なゆみは、床でへたり込んでいた。

 その顔は真っ青だった。

「一体何があったんだ」

 氷室はなゆみを抱え上げ、自分に引き寄せた。