テンポラリーラブ物語

 小一時間過ぎた頃、氷室が一度店の前を通過して、なゆみ達に戻ってきたことをアピールし、コホンと喉を鳴らしながらわざとらしく、店に入って来た。

 なゆみも千恵も不可解なその行動に、疑問符を頭に乗せながら「お帰りなさい」と迎えた。

 その挨拶する二人の前に、氷室はお洒落な模様が入った白い箱をぶっきらぼうに差し出した。

「控え室で二人で食え」

「氷室さん、これ有名な店のケーキじゃないですか」

 千恵が言った。

「ああ、美味しそうだったから、お前達に買ってきた。ここは俺が見ててやるから、さっさと早く食え」

「氷室さん……」

 なゆみが呟いた。

 なゆみにはなぜ氷室がケーキを買ってきたのか分かっていた。

「何もたもたしてるんだ。早く食わないと腐るぞ。つべこべ言わずに食え!」

 脅迫のような命令に隠された優しい気遣い。

 なゆみはその氷室の姿に目が潤んできそうだった。

「あっ、はい。どうもありがとうございます。サイトちゃん、折角だから頂こう」

「あ、ありがとうございます」

 なゆみは深くお辞儀をしたが、氷室は照れ隠しのようにそっぽを向いていた。

 二人は狭い控え室に入り、箱をそっと開けて中を覗き込んだ。

 そこにはデザインが洗練された高級ケーキが二つ入っていた。

「うわぁ、なんて美味しそうなケーキ」

 なゆみはびっくりしていた。

「サイトちゃん、ここのケーキ、高いんだよ。知ってた?」

 なゆみは首をぶんぶんと横に振っていた。

「でも氷室さん、なんでケーキなんか買ってきたんだろうね」

 千恵は小さく囁いた。

 なゆみは「さあ?」と曖昧に返事したが、なゆみのケーキを見つめる目が潤いだすと、千恵はそっとしておいた。

 二人にしかわからないやり取りがあると気がついて、優しく傍で微笑んでいた。

 氷室が買ってきたケーキ。
 どんな風に店に入ってこのケーキを選んだのだろう。


 なゆみはじっとそのケーキを見つめていた。

 食べるのが惜しいくらいそのケーキは美しく、記念品としてずっと残しておきたいくらいだった。

 表面はクールに装いながらも、恥ずかしそうにケーキを買っている氷室の姿が目に浮かぶ。

 二人はそのケーキを堪能した。

 そしてなゆみの目は溢れんばかりの涙が溜まっている。

 それは美味しいから感激したのもあるが、昼ごはんを食べ損ねた自分のために氷室が買ってきたのを充分理解していたからだった。

 ケーキの程よい甘さは、氷室のなゆみに対する優しさのようで舌の上でとろっとする。

 二人は食べ終わると、氷室に深々と頭を下げて礼を言った。

「もういいよ。さあ、それより最後まで仕事頑張ってくれよ」

 氷室は奥のデスクから受話器を取り、本店に電話をしだした。

 なゆみはこっそりとその後ろ姿を見つめていた。

 半袖の少しブルーがかったシャツを着た氷室。

 相変わらず肩幅が広くがっちりとしている背中が男らしい。

 なゆみは男の人をそんな風に見つめたことなどないだけに、そう感じることで胸がドキドキしていた。