テンポラリーラブ物語


 氷室も自分らしからぬとはわかっていたが、潔く素直になってみたかった。

 王子様が捕らわれた姫を助けたように、自分がなゆみの役に立ったことに満足だった。

「とにかく終わったな。もう何も考えるな。今日は帰って風呂入って早く寝ろ。そしたら全て忘れるさ」

「はい。そうします。だけど氷室さん……」

「なんだよ」

 なゆみはもじもじとしてしまう。

 このままお礼として食事に誘うべきなのか迷う中、氷室を自分から誘いにくい。

「あの、そのお礼なんですけど」

「だから、もういいっていってるだろう。さっさと忘れろ。これもお互いのためだ」

「えっ、お互いのため?」

 氷室はフィアンセのフリをしたことを今頃になって恥ずかしがってしまった。

 いい大人が、芝居とはいえ、堂々となゆみの手を掴んでしまった事も臭い演出だったと今更気が付いてしまった。

 「俺、ちょっと急いでるから、今日は帰るな、それじゃまたな」

 体の奥からムズムズとして、氷室はなゆみの顔がまともにみられなくなった。

 それほど、恥ずかしさに震えてしまった。

「氷室さん!」

 暗闇の中、氷室は人ゴミの中に溶け込んでいった。

 なゆみが一人になった時、急に喪失感に襲われた。

 しっかりと握っていた氷室の大きな掌がまた恋しくなる。

 氷室も余韻をずっと感じたまま、家路についていた。

 助けたい一心で、咄嗟の演技をしてしまったが、思い出すと自分のかわいらしさに笑ってしまう。

 はしゃぎたくなるような、胸のトキメキが年を忘れさせてしまった。

 自分が高校生だった時でさえ、こんな純粋な恋は味わった事はなかった。

 まるで今が青春を味わうように、氷室は心ウキウキとしていた。