テンポラリーラブ物語


 朝、店の前でなゆみが待っていた姿に氷室はドキッと胸が跳ね上がったが、奈津子も隣にいたためにいつも通りを装わざるを得なかった。

 なゆみの顔を見れば、どこか青白くやつれ、異変を感じた。

 不安げに見つめてきたあの赤い目。

 咄嗟についた言い訳も嘘に違いない。

 自分を頼ってきたことは明白だったのに、側にいた奈津子が邪魔でなゆみに問い質せなかった。

 逃げるように去って行くから、氷室は一日中気になって仕方がなかった。

 それとなく支店に電話をかけてみるも、そのときに限って川野が取るものだから、なゆみに代わって欲しいなどと言えずにいた。

 適当にそれらしいビジネスの話をしていたが、何度も同じことが続くと次第に話のネタにもつきてしまった。

 仕方がないと閉店間際を狙って再度掛けてみたのだった。

 その頃になれば、川野はきっとシャッターを閉める準備に入って電話から遠ざかる。

 そうすればなゆみか千恵のどちらかと話せるチャンスがあると思っていた。

 読みは当たり、その時電話をかければ千恵がちょうど出た。

 千恵もまたなゆみがおかしいことを氷室に告げたこともあり、氷室はただ事じゃないと確信した。

 閉店後、女性従業員たちが着替えて控室から出て来るのを、氷室は椅子に座りながら足をゆすって待っていた。

 何人かはすでに身支度を整えて先に帰っていったが、一人だけ中々出てこないのがいた。

 奈津子だった。

 氷室は時計を見てイライラしてしまった。

「おい、何してんだ。早くしてくれないか」

 大きな声で言うと、奈津子は「すみませーん」と軽々しく謝っている。

 出てくると、奈津子はにっこりと笑っていた。

 口紅の色が鮮やかになっているところを見ると化粧を直していたようだった。

「氷室さん、お待たせしました」

「何が待たせただ。遅いんだよ」

「じゃあ、お詫びに食事でも行きませんか」

 どうやら奈津子は氷室に気があるようだった。

「ヤダ!」

 子供っぽく素で嫌がった、氷室の叫びが速答で返ってくる。

「ええー、どうしてですか。いいじゃないですか」

 甘ったれた声、一番きれいに見える角度を知っているのか、首を少し傾けてそそっている。

 自分がかつてそうだったように、こういう遊びなれた女は、氷室は嫌いだった。

 しかし、うまく扱わないと、奈津子のような存在はややこしくなる。

 氷室は考えを巡らした。

「あのな、俺は(お前みたいな)女には興味ないんだ。アレだよアレ。特に少年(っぽい斉藤)好きのアレ」

 肝心な部分を飛ばして力説すれば、奈津子の顔が引き攣って歪んでいた。

 熱も冷めたようで、無言で歩きシャッターをくぐっていった。

 氷室はクククと笑いを堪えるのに必死になってしまう。

 上手く行ったことに満足していた。

 しかし、こんなところで時間を食ってるわけにはいかないと、戸締りをしっかりしてから慌てて走り出した。