外気に触れてすっきりしたかったが、ビルのドアを開ければ、湿気を含んだ空気がべたっと素肌に張り付いた。

 じわっと湿りこんだ空気に纏わりつかれれば、気分は一向に晴れず、気怠くなっていく。

 都会のビルの間の暗い夜道、すれ違う人々の中、何気に空を見上げれば、遥か頭上に薄らと雲に包まれたおぼろげな月が見えた。

 暈をかぶって淡い光の輪が囲んでいる。

 ピントがずれたお月様。

 何もかも中途半端だと知らせているようで、やるせない思いを抱いてしまった。

「明日は雨かな」

 独り言を呟きながらその月をぼんやりと見つめていると、突然黒ぽい大きな塊がにゅっと横から現れ、肝を冷やすように驚いた。

「今、帰りか。遅いんだな」

「ひ、氷室さん。びっくりするじゃないですか。一体こんな時間に何をしてるんですか」

「仕事の帰りだけど。何か?」

「でももう9時過ぎてますよ」

「残業だ。支店周りとかたまにあるんだ」

 本店でなゆみの姿をチラッと見た後、急に入った別の支店での仕事。

 うっとうしくてやる気も何もなかったが、このときになって氷室は突然入った残業も悪くなかったと思った。

 街明かりの光に微かに照らされたなゆみのシルエットを見つけたときは、久しぶりに身が軽くなったように夢中で走って追いかけてしまった。

 だがそれを悟られないように、表面はクールを装っている。

 そんな氷室の気持ちも知らずになゆみは力なく形式的に答える。

「あっ、残業だったんですか。それはお疲れ様です……」

「なんだ、元気ないけど、またなんかあったのか」

「えっ、いえ、別に」