テンポラリーラブ物語


「氷室さんってば、私を置いて勝手に行かないで下さい。それにここは私が払う番でしょ。もう、一体何をそんなに怒るんですか。氷室さんだっていつも本当のこと私に言ってるじゃないですか。自分の時は逃げちゃうんですか。子供じゃあるまいし……」

 我慢しきれない感情を、氷室は拳に込めて握りしめた。

 感情に支配されて体が震えている氷室に気が付くと、なゆみは咄嗟に掴んでいた手を離した。

「そうだったな。奢ってもらう番だったな。それじゃもう一軒行こうか」

 どこか意地悪とでもいうような投げやりな声のトーン。

 このままではすまないと言いたげに、氷室はまた虚勢をはってしまいなゆみを無理やり引っ張って歩き出した。

「ちょっと待って下さい、氷室さん。そんなに強く掴まれると痛いです。一体どこへ行くんですか」

 なゆみは首輪を無理やり引っ張られるのを嫌がる犬のように、体を反らして抵抗している。

 氷室はお構いなしに引っ張り続け、繁華街を抜け、怪しげにネオンが光る通りへと踏み込んだ。

 なゆみを怖がらせたいのか、力の加減を見せつけたいのか、何かある度に大人の男だというのを強調しようと、なゆみが困る方向へ持っていこうとする。

 またホテルの看板を見た時、なゆみはお仕置きされている気分になった。

「さあ、入るぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。氷室さん、こんなときに冗談はやめて下さい」

「どうした、お前も結局は逃げるのか」

「それとこれとは話が全然違うじゃないですか。ここに入ってどうするんですか」

「そんなのわかってるだろうが」

 氷室は歯を食いしばり表情を歪ませた。

 自分でもガキだと充分にわかってながら、後には引けずにに虚勢を張り続けている。

 なゆみの目にも駄々をこねた子供にしかみえなかった。