俺の気持ちが変わり始めたきっかけは、結奈の何気ない一言だった。



今日も俺の世話を焼きに結奈は家に来ていた。


静かすぎると言って埃をかぶったリモコンでテレビを付けた結奈。


ずっと見ていなかったテレビを久しぶりに眺めていた。



特に何を思うわけでもなく、ただ眺めていた。



育児についての特集。



食事の用意をしながら結奈が言った。




「私も子どもほしいな」




しばらく沈黙してハッとした結奈が謝って来た。




「あっ…ごめん…。あの…ごめんね。つい…。
気にしないで。今のは独り言だから」



気を紛らわすように鼻歌を歌いながらテレビのチャンネルを変えた結奈を見て、今度は俺がハッとした。




今まで俺はどれだけ結奈を傷付けて来たのか。



今みたいに言いたくても言えないことが他にもあったかもしれない。



結奈の優しさに漬け込んで結奈にたくさん我慢させていたかもしれない。



いくら落ち込んでいるとは言え、自分勝手すぎた。



謝らないといけない。



「…結奈」



退院してからろくに喋らずにいたから、俺が声をかけると結奈は驚いた顔をした。




「なに?やっぱりさっきの嫌だった?ごめんね」



結奈に謝らせてどうする。



結奈はなにも悪いことなんてない。



俺が。



全部俺が悪い。




「結奈、ごめん」




「なにが?なんで謝るの?」




優しい口調で労わるように問う結奈。




「この5ヶ月間、結奈を苦しめた。
結奈を好きじゃないなんて言って傷付けた。
本当にごめん」



「違うよ。私は苦しくなんかないよ。私は光が元気になってくれればそれでいいの。何も気にしなくていいよ」



この優しさに漬け込んではだめだ。



変わらないと。



これから先誰かを傷付けながら生きるのは嫌だ。


傷付けないように、大切に、そうしないと繰り返す。



終わってしまってからでは間に合わない。



結奈はまだ俺の隣にいる。



「ねぇ光。
私を、あの子を忘れる踏み台にしてよ」



え…?



「光があの子を忘れることができて初めて笑えるなら、最初に出会った頃みたいに、私を優しく抱いてよ」

「すぐにじゃなくていいの。
光が元気になるなら、私でよかったら、光が最後に抱いた女のことも、元カノさんのことも、全て忘れる意味で、私を抱いて」

「私のことを好きじゃなくても私は構わないから、1回清算しようよ」


すぐにじゃなくていいなんて、そんなの逃げでしかない。


確かにまだ結奈のことは好きではない。
これから先好きになれるのかもわからない。


でも。このまま立ち止まり続けるなら、


俺はこの道を選ぶ。



「結奈、ありがとう」






その日の夜、あまり力の入らない体を動かして結奈を抱いた。



行為が終わった後で結奈は1人、洗面所でないていた。



その肩を支えられなかったのは、やっぱり俺が自分勝手であるからだ。