「。。。。。」
 「何を言っても言い訳にしかならないけど、鈴木さんのこと大事にしてたつもりなんだ」
 「お姫様」から「鈴木さん」になっている。
 「君と付き合っている時は、その、何もかも忘れることができたんだ。反対に彼女といると疲れるんだよ」
 自分さえよければ良いんだ、この人は。
 私に向けられた、あの優しさも、どの優しさも、自分のことを慰めるため。
 そして私は大きく勘違いしていただけ。
 気持ちがどんどん冷めて冷静になっていく。
 エレベーターのドアが開いた。 
 「もう、いいんです。私退職するんで。あとで、退職願持っていきます」
 何か言いたげな羽田くんを無視してエレベーターを降りて歩き出した。
 私、何してたんだろう。
 なんか、夢から覚めたってこういうことなのかな。
 私、羽田くんに一生懸命頑張ってたよね。それだけでもすごいことだと思う。
 もっと未練たらしく泣くかと思っていた自分の冷静さが不思議だった。
 次の仕事さがさなきゃ!私の気持ちは前を向いている。

PM19:00
待ち合わせに10分遅れて、マオが現れた。 
 「乗って」
 マオが運転する紺の外車にのった私は、これからどこに行くんだろうとドキドキしていた。
 「服、買いに行くから」
 「服?」
 「そ。今からうちの店で友達がパーティーするんだよ。一緒に行こう」
 「この恰好じゃダメってことよね」
 マオは何も答えない代わりに、いたずらっぽい笑顔を見せた。
 その笑顔は犯罪だなあ…羽田くんと出会うことがなかったら、とっくに好きになっていたかも。
 いやいやいやいや。ないないない。
 近づくとやけどする感じ。
 ランチの時の美女を思い出した。 
 あの美女に対するあの態度と口調。
 きっと彼女はすごく傷ついたに違いない。
 この人のことは一歩置いて遠巻きに見といたほうが、いいと思う。
 マオはまた電話で話している。日本語ではなくきれいな発音の英語で。
 こういう姿を見てみんな胸キュンするんだろうな。仕事ができる感じの男って、もてるオーラ出るもんな~
 いやいやいやいや。
 できる男は羽田くんで十分経験済み。
 もてる男には何かあるから、これからは近づかない。
 もう傷つきたくないから。
 「好きな色ってある?」
 マオの突然の質問。
 好きな色ねえ・・・・
 ふっと、自分の誕生日月に咲く紫陽花を思い出した。
 「む…むらさき?」
 「紫ね、うん、わかった」
 「な…何?」
 「ないしょだよ」
 ないしょって…何よ。嬉しそうに笑みを浮かべるマオ。私は胸がしめつけられるようなような変な気持ちになる。その笑顔は反則なんだっつーの。それに対していったい私は何を意識してるんだろう。期間限定なんだから…!!!
 マオの顔を見ないように窓の外に目を向ける。
 なるべく意識しないように、顔をみないようにしないと。
 マオと行ったセレクトショップの店内はブルー、イエロー、紫の服が多くて、私はそういうことだったのかとようやくわかった。
 「紫、たくさんあるよ。好きなの選んで」
 「えっ…どうしよう。私、今日持ち合わせが…」
 「僕からのプレゼントだから、気にしないで」
 マオはすぐに店長を呼んで、私に付かせる。私はどうすればいいのかわからずにオロオロするばかり。
 髭の濃いおかまにしか見えない店長は濃い紫の身体にフィットするタイトなワンピースを持ってきた。
 「それは無理です。そんな胸のあいた、ピタピタなワンピースは着れません」
 「いいから一度着てみてちょうだい」
 あっ、オネエ言葉だ。