何なのよ、この違和感。胸がざわざわする。さっきまで座っていたカウンター席に西田さんがいないことを確認、とりあえず席に戻って飲み物を頼むことにしよう。
 「落ち着け、私」思わず独り言をつぶやく。羽田くんと林編集長は社員たちとにこやかに談笑している。なんだか、すごく疎外感を感じる。
 「何か飲み物作りましょうか?」
 バーテンダーが気を使ってくれた。そうね。何か頼もう。お酒が入ったら少しは気がまぎれるかもしれない。
 「モヒート…お願いします」
 初めてバーテンダーの顔をまともに見た。モデルみたいに整った顔の(羽田くんには負けるけど)イケメンだった。黒縁眼鏡がよりイケメン度をあげている気がする。
 よく見るとカウンターに座っているのは女子しかいない。うっとりしてバーテンダーを見ている子もいる。西田さんもカウンター席で飲み物を頼んでいた。

 「皆さん、今日はありがとうございます」
 林編集長のスピーチが始まった。彼女の横に立っている羽田くんと、私はまだ一度も目をあわせていない。彼女は簡単に自分の経歴などを話し、何も重大な発表などないような感じで淡々と仕事への思いを語っていた。西田さんてば…ガセネタだったんじゃないの?私は少し安心してため息をついた。
 気が付くとモヒートが目の前に静かに置かれていた。このカクテルも羽田くんが教えてくれた。ミントとライムのさわやかな味の中に甘さもあって飲みやすくて、すぐに好きになった。
 「最後に…わたくしごとではありますが、この度、羽田編集長と婚約させていただくこととなりました。来年の春の私の帰国にあわせて籍を入れる予定です」
 モヒートを片手に持つ手がピクピク震えた。
 婚約…婚約?婚約って結婚前提って意味だよね。
 最初は何をいっているのか聞き間違いかと思った。林編集長は何か勘違いをしているんじゃ…。羽田くん、何とか言ってあげて。
 羽田くんは笑っている。いつもと変りなく静かに、微笑んでいる。その笑顔には戸惑いも動揺も何もない。
 パーティーの参加者全員が美男美女のカップルの誕生を喜んでいるみたい。
 まだ、何も受け入れられないのは、羽田くんの澄んだ目に嘘はないと信じているから。今でも信じてる。羽田くん、浮気したのかな。私、なんか悪いことしたかな。
 何があったのか、ちゃんと話をしないと胸のドキドキが止まらない…!
 深呼吸して、服の乱れを整えて2人の元へ歩く私。2人を囲む人の群れをかき分けてそばへ歩み寄った。西田さんが丸い目をさらに丸くして私を見ている。
 「羽田…編集長。ちょっといいですか?」
 声のトーンはあくまで事務的に。彼だけどこか端っこに連れて行って、林編集長と浮気したのかどうかだけでも聞きださなきゃ。
 羽田くんは、少し困惑顔で私に「鈴木さん、あとで話せるかな」と小声で言った。
 「今、話せばいいんじゃないの?」
 林編集長が私と羽田くんに笑顔で言う。羽田くんは苦笑していた。彼女は長い指を口元に持っていき、私の耳元でささやいた
 「ごめんなさいね。あなたが遊び相手なのよ」
 羽田くんはバツの悪そうな顔で苦笑していた。
 彼女のきれいな歯並びの唇からこぼれた言葉は、私を天国から地獄に突き落とすには十分すぎるほどだった。
 私は、何も言えなかった。肝心な時に何も返す言葉がないって…!私は情けなくもそのまま、何も言えず、私に背中を向けて他のゲストを相手にする二人を呆然と見ているしかできなかった。

PM21:00
 羽田くんと林編集長が20:00すぎには出て行ってしまったので、パーティーも早めに終わり、2時間貸切だったバルは一般開放になった。通勤帰りのOLやサラリーマンで店内はすぐに満杯に。
 私はカウンターテーブルで動けなかった。つい1時間半ほど前に地獄に突き落とされたばかりの私は、とにかく頭が真っ白になってダメージが大きすぎて動けない。絶対に家にも帰りたくなかった。
 私の家の中には羽田くんのものがとにかくたくさんあるから。それを見たくもないし、見る勇気もない。目の前のモヒートでさえ羽田くんとの思い出が染みついて飲めないでいる。
 聞きたいことはたくさんあるけど、どこから聞けばいいのかさえもわからない。展開が急すぎて思考がついていかない。ため息がでた。
「作り直してきましょうか?」
さっきのイケメンバーテンダーが声をかけた。一時間半近くたったモヒートは氷も溶けて飾りのミントもしなびれて底に沈みかけていた。作り直しなんかいらない。あと、そんな優しい声をかけるのはやめてほしい。
 「アイスクリーム、ありますか」
 ついつい無意識に飛び出た言葉だった。
 「…アイス、ですか」
 イケメンバーテンダーは少し困惑するも、軽く会釈をしてあっちへ行ってしまった。きっとあきれているんだろう。私ってバカだな…ほんと。
 帰ろうかな…これ以上ここにいても意味がないかもしれない。でも、近所の焼鳥屋のおばちゃんにもつい最近羽田くんを紹介したばかり…行きつけの店にすら行きたくない。でも…家にはまだ、戻りたくない。
 バルはたくさんの女性客でにぎわっている。あのイケメンバーテンダー目当てなのかも。カウンター席周辺、特に私の隣の席周辺は特にうるさかった。
 「りょーたくん!なーにーそのアイス」
 「可愛い!パフェなの?」
 「誰に持っていくのかしら」
 「私も食べた~い」
 そっかあ…イケメンバーテンダーはりょーたって名前なんだ。ふーん。アイス食べたいなあ…けど、さっき無視されちゃったしね。ミントのしなだれたモヒートを眺めて、やっぱり帰ろうかなって思い始めた。
 「アイスクリーム。お持ちしました」
 女の子たちのざわめきと一緒にイケメンバーテンダー、りょーたくんの照れた笑顔と、カクテルグラスに彩られたチョコアイスクリームと生クリーム、イチゴと苺ソースを盛り付けた可愛いカクテルアイスが目の前に。
 私は驚いてイケメンバーテンダー…りょーたくんの顔をまじまじと見つめた。彼は優しい口調でゆっくりささやく。
 「お酒は入ってません。…いかがですか?」
 仕事とはいえ、営業とはいえ、今はその優しさというかサプライズが、余計につらい。でも、すごくうれしいかも。周りの女の子たちの視線が一斉に私にそそがれている。
 「りょーたくん、僕にもそのアイスくれる?」
  隣から誰かが言った。女の子たちはまたざわつく。
 「あと、モヒートね」隣の誰かは、私と同じモヒートを頼んだ。
 りょーたくんは私にどうする?と目を向けた。
 「いただきます。ありがとう。」私は急いでお礼を言った。
 りょーたくんはうなずいてまたあっちへ行ってしまった。モヒートとカクテルアイスを頼む隣の席の誰かが気になって仕方なかったけど、男性の声だったからモノほしそうにしている女に見られたくなくてあえて隣の人を見るのはやめた。
 私は目の前に置かれている可愛いカクテルアイスを一口食べた。美味しい…イチゴとチョコって鉄板だよね。私って昔から、つらいことがあるとアイスをドカ食いしちゃうんだよね。このアイスお代わりあんのかな。
 りょーたくんが隣の席にカクテルアイスをもってきたとき、私はカクテルグラスの中のアイスクリームを空にしたところだった。りょーたくんは私に微笑んで「何か持ってきましょうか?」と話しかけてくれた。
 「アイスクリーム、お代わりってありますか?」
 隣の男性がブッと噴き出した。周りの女の子たちも笑いをこらえている。笑いたきゃ笑えばいーわよ。だって、アイスクリームの美味しさだけは私を裏切らないんだから!
 りょーたくんは「ありますよ。少しお待ちくださいね」とまた優しくささやいてくれた。友達にも知ってる人にも誰にも会いたくない今の私は、何も知らないりょーたくんの優しさがありがたい。隣の失礼な男なんて相手にしない!
「アイス、うまっ・・・!」
 私は思わず隣を見てしまった。隣の失礼な男はアイスを美味しそうに食べている。私と目が合うと笑顔で
 「ここのアイス美味しいですね」
 失礼な男の笑顔は可愛かった。失恋したばかりなのに、不覚にもドキッとしてしまった。
 私は恥ずかしくて、思わずうつむいた。うつむいてから、気が付いた。
 何、この胸元のあいた服・・・
 冷汗が出て止まらない。私は今、妖怪人間ベマの仮装でここに座ってアイスをおかわりしている。
 着替えるのを忘れていた!!!
 隣の失礼な男は、きっとこんな私の間の抜けた姿を笑っていたに違いない。足元の着替えのバッグを持ってトイレに駆け込もう。あー。私のバカ!
 「仮装、妖怪人間ベマかな?かわいいですね」
 失礼な男と一緒にいる女の子たちは私のことがかなり面白いらしく、プッと噴き出している子もいる。この男は何が言いたいんだろう。
 「僕も妖怪人間ベマなんですよ」
 「!!」
 失礼な男の仮装は妖怪人間ベマだった。同じ格好だった。知らない男女が隣同士で、同じ仮装で同じ店で同じアイスクリームを食べているって。恥ずかしさを通り越してなぜか笑いが込み上げてきた。
 私も思わず噴き出してしまった。
 失礼な男…訂正、彼は妖怪人間ベマの女装をしていたけど、見た目がたれ目の可愛い顔つきのせいか違和感があまりなかった。
 「僕、マオって言います。一緒に飲みません?ベマさん」
 私は彼の誘いを断らなかった。1人でつらい夜を過ごすより、よっぽどましだった。失礼な男でも今日はそばにいてほしかった


そして現在…再びベッドの中。

 あれからお酒たくさん飲んで、途中で羽田くん思い出していっぱい泣いたら「ぶさいくだなー」ってマオに笑われた。マオは優しさをどこかに忘れてきた失礼な男だよ、ほんとに。
途中で仕事の終わったりょーたくんも合流して、一緒に飲んでた。りょーたくんてば落ち着いてて物腰がやわらかくてイケメンで…それで…
 途中から何にも覚えてない。もう、どうなってもいいやって思っちゃったんだよね。
 おんぶしてくれたのは…りょーたくんだった。
 背中の感触はりょーたくん。勇気をもって振り向くべきか、振り向かずにしばらく悩んどくか、相手がおきるまで待つか…スマホは相変わらずチカチカしている。スマホのチカチカが誰であれ、今は現実に戻りたくない。
 わあああっ
 突然、彼が寝返りを打って背中から抱きしめてきた。私は小さく声をあげる。彼は寝息をたててはいるけれど、抱きしめる力は強かった。
 耳に彼の息がかかって、くすぐったい…羽田くんの息づかいを思い出してしまった。羽田くんは今頃、彼女とどんな朝を過ごしているんだろうか。また、どうしようもなく悲しくなり、涙がでそうになる。
 「…泣くなよ」
 耳元でささやく声はかすれていて寝起きそのもの。なぜだかまた涙が出る。
 「泣いてない…」
 私は指でこぼれた涙をぬぐった。
 「ぶさいくだな、まじで」
 ...えっ
 「!!」
 こっ、このセリフは!
 後ろを見ると…マオだった。
 えーっ。マオの顔はキスしてもおかしくないほど近かった。
 「なーに、慌ててんの」
 「べっ、別に…」私は慌てて背中を向けて毛布に顔をうずめた。
 「昨日のこと、覚えてる?」
 「。。。。。。。」
 「やっぱ覚えてないんでしょ」
 「。。。。。。。」
 「昨日、迫られたけどしてないよ。安心して」
 「…迫られたって、誰にせまられたのよ」
 「…ほんっとに覚えてないのね。僕、ともちゃんに裸で迫られたんだよ」
 「うっ、嘘よ!私そんなこと…」
 「ほんと」
 「りょーたくんは?」
 「りょーたくんはね、途中で帰ったの。僕が店から君をタクシーに乗せて、僕のマンションまで連れてきて歩けない君をおんぶして自宅まで運んだんだよね」
 おんぶも…マオだったんだ。だんだんと思い出してきた…!
 「裸になって、僕になんて言ったか知ってる?」
 「知らない…」
 「りょーた君となら一夜きりの間違いが起きても納得できる。って」