そうあれは丁度、担任に進路について
そろそろ考えるように促されて
憂鬱な気分でバスの窓から雪を見つめていた高2の1月下旬の夜。
珍しく玄関には父の靴が丁寧に揃えてあって何事かとリビングを覗くと、父と母は
真剣な顔をしてたかと思えば私を見つけて
笑顔で『おかえり』と私を手招いた。
その瞬間嫌な汗をかいた。
本能で嫌な予感がしたのだ。
日常と違うことが重なりすぎて
なにかあると直観的に感じた。
私は出来るだけゆっくり歩いて
最後の抵抗で父と母を交互に見てから
椅子に座った。
父が言いにくそうに難しい顔をしていたのを見かねて母が口を開いた。
『❪母❫真優、最近の学校生活はどう?』と
私は『❪真優❫まぁまぁだけど』とありきたりに答えた。すると『❪母❫そう、それは良かった、ああそう莉子ちゃんとはあれから仲直りしたのかしら?』私の母はこんなことを普段聞くような人ではない。
あきらかに気まずそうな父と母。
私はこの嫌な雰囲気が居心地悪くて
『❪真優❫なに?なにかあるなら誤魔化さずにハッキリ言ってよ』と。
父と母は顔を見合わせ、
『❪父❫真優、こんな時期に本当に真優には
申し訳ないんだが今年の春つまり三月から大阪に転勤が決まったんだ。大阪の支店の支店長に昇格したんだ。これからずっと
大阪に住むことになる。もちろん母さんにも真優にもついてきてもらう。』
サーーっと本当に血の気って引くものなんだと私は初めて知った。
私はショックで何も言えなくフラフラと立ち上がり階段を上がって
自分の部屋へと向かった。
途中後ろから母の私を呼ぶ声が聞こえたがその時の私は動揺で上手く話せそうにもなかったので真っ直ぐ部屋へと向かった。
あの日の夜はただただ眠れずボーっと天井を見つめていた。人生に絶望を感じた17歳
なんて言ったら大袈裟だと笑われるに決まってるけどあの日の17歳の小さい世界ではそんな事でも絶望を感じたのだ。
小鳥が鳴きだしたが、とても学校に行こうとは思えず私を心配して様子を見にきた母に今日は休ませてと頼んだ。
いつもは厳しくて大抵のことでは休ませてくれない母だがその時の私の顔を見て流石に『❪母❫そう、ゆっくり休みなさいね。』
と言ってくれたことだけが唯一の救いだった。よほどヒドイ顔をしていたんだろう。
その日はずっとベッドの上でまだ見ぬ関西の高校生たちと関西弁で会話している自分を想像してみた。あまりにもヒドいし
バカらしくて途中でやめた。
考えても無駄な気がしてきて開き直って
テレビをつけてみると丁度関西弁の芸人が喋っていて会場を湧かせていた。
こんな風に私もなれるのか・・・。
いや絶対無理だ。
このノリについていける訳が無い。
そう、私の予想は当たっていた。
こんな風になれる訳がなかった。